13.
昼間は洒落た都会のカフェの趣があった学食も、いまは野戦病院の様相を呈していた。一様に憔悴しきった表情の生徒たちが、カウンターのまえで固まり、押し黙っていた。
床には外から見えていたよりずっと多くの負傷者が並べられていた。
これでは助かりようがないとしか思えない者も散見された。
生徒会の腕章をつけた上級生たちが、怪我の手当てをしている。
しかし手がとうてい足りず、深手のものは放置されていた。
かれらは明らかに、専門的な医療を必要としていた。
しかし急造の生徒会が高度な手当てを施せる訳もない。
端的に言って、食堂のなかの光景は、惨状、というよりほかになかった。
ありさが遼のジャージの袖をはさみで切り落とし、上腕に布を巻いて止血をする。
それから、
「染みるけど我慢して。
大丈夫だよね、男の子だもん」
と、声をかけ、手桶に汲んだ水で傷口を洗い、マキロンを容赦なくふりかける。
遼は、歯を食いしばった。
「槙島くんって意外と勇気あるんだね」
と、ありさが包帯を巻きながら言った。
「ちょっと見直しちゃった」
「ボコボコにされっぱなしだったけどね」
「そんなことないよ。
あなたが一生懸命戦ってるのを見て、竜崎くんも四井さんも励まされたみたい。
……わたしも、だよ」
「弓矢でなんども助けてくれたね」
と、遼は言った。
「ありがとう。
あれがなかったら、いまごろ死んでいたかも」
「わたしね、槙島くんを助けなきゃって思って、必死に狙って、ズバリ当たってから、調子が掴めてきた。
あなたには人を励ますなにかがある。
そんな気がする」
遼は、深手を負って放置されている生徒たちを眺めた。
「救急車は、もう呼んだの?」
ありさは、やりきれないといった感じで、首を振った。
「どうして」
「医療機関との協定があるの。
≪瘴気≫が出ているあいだは、医療関係者の二次被害を防ぐため、救急車が呼べない。
だから、あの靄が晴れるまで、応急処置をして待つしかないの」
「それでは、助かる者も助からなくなる。
呼ぶべきだよ」
「一度は、来てくれるかもしれない。
でも、次からは無視されちゃう」
「………」
ありさは包帯を結んではさみでカットし、
「……よしっと」
と言った。
「傷口が塞がるまでは、無理に動かしちゃだめだよ」
「ありがとう。
支倉さんには助けられてばっかりだね」
遼は疲弊しきった身体をひきずるようにして、出血のひどい制服の男子のそばまで行って、膝をついた。
思わず目をそむけたくなった。
首の傷口がぱっくりとあいて、リンパ液が垂れている。
膝からしたが潰れていた。
どう手当てしてあげればいいのか分からない。
上級生のようだ。
緑のネクタイが血を吸ってごわごわになっていた。
「……なにか、俺にできることはありませんか?」
かれは、ゆっくりと瞼をひらいた。
焦点が合っていない。
「俺の人生、なんだったんだろうな……」
と、瀕死の上級生は言った。
「ある日、いきなり赤い靄が見えるようになって、バケモノに襲われて死にかけて、訳がわからないままこの学校に転校させられて、挙句、こうして殺される……なにがなんだか、さっぱりだ」
そうか、この人は事情をなにも知らないまま、このような目に遭ったのだ。
遼はやりきれなくなった。
「君、死に物狂いでバケモンと戦ってたね」
上級生の双眸が、ゆっくりと遼をとらえる。
「ちょっと感動したよ。
俺もさ、中学からずっとバスケやってたから、少しは分かるんだ。
諦めないって、口で言うのは簡単だけど、楽なもんじゃねえんだよな。
最後にいいモン見れたわ。
……ありがとな、君は死ぬ……な……よ」
瞼が重みで沈んでいくように降りる。
そうして、頭がゆっくりと力なく横をむく。
胸郭の動きがとまった。
遼はたちあがり、ふざけんな、と、うなるように言った。
扇谷が黒髪をかきあげながら、こっちに歩いてくるのに気づいた。
「あんなに嫌な汗をかいたのは久々だよ、まったく」
と、かれは言った。
「俺はあれを勇気とは認めないぞ。
蛮勇というべき類のものだ。
次からは自重しろ」
「蔵人と四井さんは?」
「ふたりとも問題ない。
極度の疲労を別にすれば、な」
扇谷があごで指す先に、ふたりはいた。
並んで床に座り込んでカウンターに背を預け、ぐったりしている。
息をするのも面倒、という様子だった。
花が遼の視線に気づくと、にこっとして弱々しく手を振り、また眼を閉じてしまった。
「絶対的に、人手が足りてないな」
と、遼は言って、近くの椅子に腰をおろした。
「戦闘要員も、救急班も、ぜんぜん、だ。
これじゃあ、明け方までに何人殺されるか、知れたもんじゃないぞ」
「ああ……そうだな」
「広瀬先生や松田理事長はどうしてるんだ。
≪能力者≫なんだろ。
星宮先輩や武蔵野先輩はどこにいる」
「学校の外周に沿って結界が施されている、という話をしたのは覚えてるか」
「ああ」
「あちこちで、無効化されていることが分かった。
それで手分けして対応に当たっている」
「学食が魔物どもに囲まれたのは、そのせいか」
扇谷はうなづき、
「クロサキさんも逃げ出した十数人の寮生を守りながら戦っているみたいで、すぐには戻ってこれない」
「こんな状況でまた魔物の群れに襲われたら……」
と、遼は学食内の惨状を見渡しながら言った。
「ヤバいなんてもんじゃないぞ」
足止めを食っている生徒たちもそうとうにフラストレーションが溜まっているようで、生徒会の腕章をつけた上級生に詰め寄っている者が幾人もいた。
……ふざけんなよ、なんだこの状況はよ。
説明しろよ。
とにかく警察を呼べよ警察をよ。
なにボーっとしてんだテメエ。
冗談じゃないって。
いますぐ親に連絡をとらせて欲しいんだけど。
スマホで撮影してSNSにあげるのがどうしていけないの。
学校も生徒会もぜんっぜん信用できない。
人が死んでんのよ、分かってるの。
それを、救急車も呼ぶなって、あんたたち、頭がおかしいんじゃないの。
この学校ってさ、なにかやましいことでもしてるの。……
「やれやれ」
と、扇谷は額をささえて首を振った。
「パニックになったり激高するのも無理はないからな。
事情が分からない者には、落ち着いて指示に従えと言ったところで納得してもらえる状況ではなかろう。
面倒ごとが増えそうだ」




