2.
窓辺のラジオを止め、サッシを開いて夜のとばりが降りた外を眺める。
雑草が散るひろいグラウンドの先に、高い外灯がまぶしく輝き、ネットと返しのついた金網をはさんだむこうは黒い森に覆われた山の斜面になっていた。
木々にほとんど埋もれた峠道を、ヘッドライトがすべるように流れてゆく。
窓枠からすぐのところに、頑丈そうな鉄柵があった。
格子状に組まれ、鉄の鋲でしっかり固定されている。
いぜん、寮生が飛び降りでもしたか、窓から脱出を図ったみたいなことがあったのかもしれない。
その対策で、こういうものを設置したのだろう。
何年か前までは、べつの学校法人がこの全寮制高校を経営していたと聞いたことがある。
その頃は、不登校や保護観察中などで行き場のない生徒を積極的に編入させていたという話だ。
当時はいろいろあったのかもしれない。
現在は、偏差値が中程度からいくらか高めの、全寮制の普通科高校になっている。
かなり裕福な篤志家のグループの支援を受けているらしく、学費はおどろくほど安い。
生徒の出入りが激しいという話も聞くが、この学校は郊外の山間に位置しており、なにもないところで、休みの日にはすることがなく、電車やバスの便がよいともいえず、入学してはみたものの、退屈をもてあまし、都会が恋しくなって転校していく者もきっといるのだろう。
ともあれ、遼にはどうでもいいことだった。
数学の教科書を閉じ、それから時間割を見ながら鞄に教科書をつめていく。
寮はちょっとしたビジネス・ホテルのような趣があった。
完全個室で、シャワーとトイレがそれぞれの部屋に備わっており、小さな冷蔵庫とシンクとIHヒーターまで付いていた。
そのうえの戸棚には備蓄用と書かれた紙がはってあり、乾麺やパスタ、レトルト食品、カップラーメンなどが置いてあった。
やかんや小ぶりの鍋、フライパンもある。
ひろい食堂と浴場が別棟にあるのに、だ。
自然災害などで部屋に閉じ込められても、一か月くらいは問題なく過ごせそうだ。
最新式のエアコンもあるから、真夏や真冬でも差しつかえないだろう。
男女は分けられていない。
入寮順に部屋が割り当てられているようで、二年男子の隣に一年女子が入寮し、そのむこうに三年の女子が入っている、というような状況だった。
完全個室はありがたいことなので気にはならないが、男女がおなじ棟、おなじ階に入っているというのはさすがに妙だ。
そう考えたのは遼だけではなかったとみえて、クラスの女子が、担任にそのことを尋ねていた。
三〇前くらいの若い女の教師だったが、その問いに、
「まあ、男女で棟を分けなければならないっていう法律があるわけじゃないしね」
と、答えて澄ましていた。
「でも問題とか起こったらどうするんですか。風紀が乱れるとか気にしないのかなあ」
「いまのところ、そういうことは起こってないみたいだし、起こったら学校のほうでいろいろ考えるんじゃない?」
そして女子をからかうように、
「消灯時間まえなら彼氏のところに行って一緒に勉強するくらい、学校はなにも言わないわよ?」
と付け加える。
「えっそうなんですか」
「ほら、近頃は少子化対策で共学化しようって流れがあるじゃない。
そういうことよ、たぶん」
傍で聞きながら、適当な学校だな、と思わないわけにはいかなかった。