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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第三章 博愛主義者は死の宴の夢を見るか?
48/75

9.

 遼は順調にカードを減らしてゆく蔵人を邪魔するため、出せるカードをあえて出さずワイルドドロー4を出したところ、花に即刻チャレンジをかけられて、罰則の四枚をしぶしふ引かされた。


 そのうえ手札を見られたのだから踏んだり蹴ったりだ。


 次のゲームでは花をいじめる気になってふたたび反則のワイルドドロー4を仕掛け、また見破られた。


 これは絶対になにかあると確信して顔をあげると、ラウンジのガラス張りに、長椅子の背もたれに乗った黒猫が映っていた。


 ずっと偵察されていた訳だ。



「ちょっと! 四井さんズルくない?」



「聞き捨てならないな」


 と、花は言った。


「ルール・ブックのどこに猫に見張らせちゃいけないなんて書いてあるんだ?


 答えてみろー」



「普通に考えて、相手のカードを覗き見たらだめでしょ」


 と、遼はむきになって言った。


 前世の記憶が蘇るにつれて、負けるということが我慢ならなくなっていた。


 勝負を冒とくするような卑怯な真似にも、だ。



「おまえらって勝負ごとになるとすぐマジになるよな……」


 と、蔵人。



 遼は黒猫の首のうしろをガッと掴んで、花につきつけながら宣告する。



「だったらUNOをプレーしてる最中に猫吸いをしてはいけないなんてどこにも書いてないんだから、やってもいいよね?」



「や、やめろ!


 それはセクハラだ!」



「なんで猫を吸ってセクハラになるの?


 いみわかんなーい」



 手足をだらりとさせる黒猫を、遼は虚ろな目つきで見つめる。



「ひ、卑怯だぞ槙島!」



「その言葉、そっくりお返ししよう……」



 扇谷が額をおさえながら、大きなため息をつく。



「あのな、君たち。


 時間つぶしのために始めたUNOでムキになってどうするんだ。


 そもそもの目的を思い出せ」



「≪瘴気≫――つまり、赤い靄が出るのを待つんだったな」


 蔵人がカードを伏せて椅子に腕を乗せ、エントランスのガラス張りのむこうを眺める。


「で、靄んなかをうろつく≪魔物≫どもを相手に試し斬りをする」



 そうだった。


 遼は猫を長椅子のうえにおろしてやった。


 猫は恨めしげに遼をひとにらみすると、花めがけて駆けていき、吸い込まれるように消えた。


「しかし――」


 と遼は言った。


「赤い靄が出れば消灯の連絡がくる。


 部屋のそとをうろついていればクロサキさんに捕まる。


 あのひとを出し抜かなければならないのは少々スリリングだな」



「そうか、君は早々に席を立っていたんだったな」


 と、扇谷はUNOのカードを集めてまとめながら言った。


「午後に生徒会室に集められたメンバーはすべて、クロサキさんが≪魔≫と戦う力ありと認めたか、あるいは神明幽賛会の関係者で、後方支援のためにどうしても必要な生徒たちだ。


 消灯時間になっても部屋にロックはかからない。


 つまり、しかるべき理由と目的があるなら出歩いても構わない、ということだ」



「どういうこと?」



「寮の近辺や学校の敷地内をうろつく≪魔≫を狩っても構わない、というか、その気があるなら是非そうしてくれ、という意味だよ」



「つまり――」


 蔵人がにやりと微笑む。


「俺はもう、消灯時間に間に合わなくても、クラシックと文学にかこまれた教養豊かな一夜を過ごさずに済む、って訳だな」



「そのかわり、命懸けだぞ。


 自分の身は自分で守らねばならん」



「望むところだよ」


 と、蔵人が言った。


 その姿が一瞬だけ、あの美しい蛮族に変じる。



「で、赤い靄はいつ出てくんの?」


 と、花が膝立ちになってガラス張りに手のひらをあて、外を眺める。



「ここんところ、しょっちゅうだし」


 と、蔵人は言った。


「待っていれば、そのうち出るんじゃねーの」



 寮のラウンジは、すでに夜間用の灯りに切り換わっており、薄暗い。


 受付のうえの時計は10時すこしまえを指している。



「昨日はたしか、この時間帯に消灯になったんだったな」


 と、遼は言った。



「ああ。今日はもしかすると、出ないかもしれないな」


 と、扇谷。



「しかし、なんで学校は急に≪能力者≫の生徒を集め始めたんだろうな。


 寮を守るだけなら、星宮先輩と武蔵野先輩、それに扇谷の三人で手が足りそうにも思うけど」



「おそらく、だが……」


 扇谷はUNOを箱におさめると、脚をくみ、あごに手をやった。


「クロサキさんは山狩りをするつもりなんだ。


 赤い靄も魔物も、寮の窓から見える玄蕃山から流れてきている。


 むこう側の青少年育成センターでも事件があった。


 あの山になにかあるのは間違いないんだ」



「昼間にでもやりゃあいいじゃん」


 と、蔵人。



「それはとうの昔にやっているだろう。


 しかしなにも見つからなかったんだと思う。


 かりに玄蕃山に≪魔窟≫やそれに類するものがあるとするならば、赤い霧の出ているあいだでないと、位置を特定するのは難しい。


≪瘴気≫が出ていれば、魔物の動きを読めるからな。


 あれだけの大きな山を手掛かりもなしに歩きまわって探すのには限界があるだろう。


 人手もいる」



「たしかにね」


 と、花は言った。


「普通、警察やボランティアが山狩りをするときは100人単位とかだもんね」



「したがって、山狩りは赤い靄が出ているときにやる必要がある。


 しかしそうなると、クロサキさんは危険な状態にある寮から離れないといけない。


 山狩りに連れていく人員に加えて、寮に残す人員も必要になる。


 ところが討魔衆の本部は人手不足を理由に≪能力者≫の派遣を渋っている」



「それで俺たちが生徒会に呼ばれた訳か……」


 と、蔵人。



「山狩りにゆくメンバーはほぼ推測がつく。


 まずクロサキさん。


 それに広瀬さんや松田さんもゆくことになるだろう」



「松田理事長も≪能力者≫?」



「そうだ」


 と、扇谷は言った。


「でなければ、あの歳で理事長職を任される訳ないだろう?」



「≪魔窟≫がどんなもんか知らねえけど」


 と、蔵人は言った。


「クロサキのおっさん一人で潰せたりしねえの?」



「規模によっては、それも可能かもしれないが、クロサキさんが一人で未知の魔窟を探索するのは、本部が許可しない。


 どんなに実力のある人でも、単独で魔窟に入っていくのは危険だよ。


 なにがあるか分からないし、見通しも悪い。


 本部が過去の事例をつぶさに検討した結果、魔窟の探索は最低でも4人以上でチームを組むことに決まっている。


 推奨されているのは6人以上だ。


 それにクロサキさん自身、おのれの実力を過大評価するタイプじゃない。


 あの人は見かけよりずっと慎重なんだ」



「クロサキさんに広瀬先生に松田理事長、で三人だ」


 と、遼。


「ほかには?」



「おそらく、俺も連れていかれることになるだろう。


 扇谷家は方位や暦、まじないを専門にしている、と話したな。


 もし玄蕃山に呪術的な仕掛けがあった場合には、その場で鑑定できる人員がいたほうがいい。


 ……そして、俺が思うに、そういうものが見つかる可能性は、低くない」



「呪術的な仕掛けって……ひとの手で設置されたもの、という意味だよな?」


 と、花。



「学校や討魔衆に悪意を持ってるやつらがいるってことか」


 と、蔵人は言った。


「心当たりがあるんだな?」



「以前、君にも話したと思うが」


 と、扇谷は遼を見やり、


「さまざまな利益のために≪魔≫と結託しようとする連中がいるんだよ。


 彼らにとって、神明幽賛会は、その存在自体が不都合、という訳さ」



「なんだよそれ。


 そんなのがいるとしたら、ガチの『悪の秘密結社』じゃねえか」



 扇谷は苦笑いしながら、そうだな、と言った。



「どんどん話が特撮ヒーローものっぽくなっていくな!」


 と、花が目を輝かせる。


「嫌いじゃないぞ、こういうの」



「君は子供か」



「となると、赤い靄のなか、寮に残ることになるのは、星宮先輩と武蔵野先輩か……」


 と、蔵人。



「ふたりとも、戦闘力にかけては申し分ない。


 しかし……星宮家の令嬢と、武蔵野家の次期当主だからな。


 大人たちは、ふたりの経歴に瑕をつけたくない。


 だから万全を期したいんだ。


 それに、ふたりだけでは手が足りなくなる恐れもある。


 前線で魔物を相手に無双しているあいだに本陣を突かれたら、目もあてられない」



「必然的に、寮の防衛は、もぐら叩きになるな」


 と、遼は言った。



「そういうことだ。


 だから生徒会は、君たち三人をどうしても計算に入れたい」



 なるほど、それで武蔵野は受付のまえで自分に声をかけてきたのか。


 遼は得心した。


 それが切欠となって思い出したことがあった。


 かれの妹、武蔵野いとのことだ。

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