7.
寮のエントランスで革靴をビーサンに履き替えていると、受付の傍で、すらりとした茶髪の美男が手を腰にあてて突っ立っていることに気づいた。
武蔵野寿だ。
かれの前にはたくさんの荷物があった。
スポーツ・バッグに旅行用のトランク、それに紙袋や、ビニールで覆われた女子の制服、体操着もある。
遼がうしろを通りすぎようとしたとき、武蔵野は遠慮がちに、
「ちょっと、いい……」
と、声をかけてきた。
「申し訳ないんだけど、荷物を運ぶのを手伝ってくれないかな」
遼は、女性には優しくする主義だったけれども、男はべつだった。
感じの悪くない断わりかたを考えていると、武蔵野が、
「じつはフェンシングの合宿でしばらく寮を空けていたものだから、学食の食券が溜まっているんだ。
余らせてもしょうがないし、手伝ってくれたら君にあげようと思うんだけど。
10食分、ある。
どう、悪くない話だろ?」
「……いいんですか」
武蔵野は乗ってきたなとばかりに笑みを浮かべて頷き、
「うちの実家は、学校の関連グループとすこしばかり付き合いがあるものだから、その関係で、毎月タダで貰えるんだ。
遠慮はいらないよ」
「喜んで、お手伝いさせていただきます」
遼はスポーツ・バッグを肩にかけ、両手に紙袋を持った。
「ありがとう、助かるよ」
武蔵野は右手にトランクを引き、左手に女子の制服と体操着を抱えた。
「槙島くん、だったよね」
「はい」
「生徒会の件だけど……」
と、かれは歩きながら言った。
「アヤメのことは悪く思わないでやって。
あいつ、ずっと一匹狼で通してきたから、ああいう仕切りには慣れてないんだ」
「全然、気にしてないです」
と、遼は言った。
かといって、生徒会に顔を出すつもりもなかったが。
「おっと、これは、手ごわいな……」
武蔵野は独り言のように言った。
遼が、女子の制服を見やると、上級生はそれに気づいたのか、
「もちろん僕が趣味で着るわけじゃなくて、妹の分なんだ」
女装の似合いそうな色白の優男だけに、そんなイジり方をよくされるのだろう。
「妹さんの……」
「いとは昔からメンタル的にちょっと弱いところがあってね。
……ああ、妹はいとっていうんだけどね。
長いこと学校にも通えなかった。
けれど、このあいだ、ようやく先生のオーケーが貰えてさ。
今日も早退して検査に行っていたんだ。
そんな事情があって、僕の部屋に置いておこうと思って」
「……割とユルいですよね、ここの寮」
「もちろん寝室は別だよ?」
と、武蔵野は弁明するように言った。
「一般の寮室を想像したら驚いちゃうかもしれないけど。
さっきも言ったけど、実家が学校と縁があるものだから、とくべつに、五階にある広めの部屋に入れてもらっているんだ」
上の階にそういうVIP待遇の部屋があることは、遼も話に聞いていた。
神明舎学院が増改築した訳ではなく、まえの鹿鳴学園の頃からあったもので、学校に多額の寄付をすれば、そこへ付き添いつきで入ることができたらしい。
いろいろ問題を抱える子をもつ裕福な親には、ありがたい仕組みであったのかもしれない。
「それにしても、どこに行っちゃったのかな……」
と、武蔵野が廊下をふりかえったり、角をのぞき込んだりしている。
「ちょっと目を離すと、これだ」
ほうってはおけないか、とつぶやいて、上級生はため息をつき、立ち止まる。
その姿がとつぜん、黒装束をまとい刀を背負った若者のそれに変じる。
遼はなぜか分からなかったけれど、武蔵野がいま、第三の目のようなもので辺りを伺っていることが感じ取れた。
上級生はもとの制服姿に戻るなり、いた、と静かに言った。
非常口のわきにトランクをたてかけ、扉をひらく。
そこには、クミがいた。
まぎれもない。
階段にこしかけ、黒猫をひざのうえに抱いている。
髪をふたつ結びにしている。
クミはショート・ヘアだったが、あれから三か月も経っている。
結えるくらいには伸びていてもおかしくはない。
まさに、今朝の全校集会で見かけた、あの子だった。
遼の胸にさまざまな思いが怒涛のように押し寄せてきて、声が出ない。
立ち尽くすことしかできなかった。
目頭が熱くなってくるのを感じる。




