5.
初夏の太陽が燦然と照りつけ、荒野に展開する大軍勢とそのかなたに盤踞する城壁を漂白している。
ゆらぐ陽炎は、兵たちの闘気が立ち上っているかのようだった。
「なにも将軍自ら突入なさることはございますまい……」
騎兵一千人を統べる隊長が、豹に馬を寄せ、困ったように言った。
指揮官に万が一のことがあれば、軍は一気に瓦解しかねない。
その懸念はもっともだった。
「だが、正攻法にこだわれば、あの城門に取りつくまでに500、付近の敵を打ち払うのに500、裏手にまわって開門にこぎつけるまでに500の兵を損じることになろう」
と、豹は言った。
戦場での長い経験からその見通しには自信があった。
「公の兵をむざむざ損なうこともない」
「しかし……」
「騎兵隊長、わたしが城門に取りつくまで、手勢を率いて援護せよ」
「か、かしこまりました」
豹が騎馬を駆る。
それが戦場を割らんとする鬨と土埃の切っ先となる。
精鋭一千騎の蹄の重低音。
空は城から射かけられる幾千の矢でまたたく間に翳る。
遼が手をあげると、騎兵隊長が怒号を発する。
しるしの旗があがり、それを合図に騎兵たちが盾をかかげる。
攻め手の兵たちが報復の矢を射かけると、城壁のうえの守備兵がいささか怯んで、身をひそませようとする。
雲梯や衝車が寄せてこないので、まだ大丈夫だと思っているのだ。
騎兵ではいくら寄せてきたところで城壁にはとりつけない。
矢の雨をやりすごして、近づいてきたときに狙い撃てばいいと、たかを括っている。
すべて、豹の読み通りだった。
豹は馬から飛び降りると、鉤箭剣の鞘をはらった。
蒼穹の太陽めがけて一直線に放る。
ガリッと音をたてて、鉤が城壁に食い込んだ。
鋼紐にいくらかの振動を与えて巻き取らせる。
豹は流れ矢をひとつも受けることなく、飛翔して城壁のうえに立った。
すでに豹は、勝利を確信している。
鉤箭剣を放って弓兵の胸を貫き、鉤を起こして風のように突進、その付近にいる敵兵を三名、立て続けに首を刎ねた。
鋭利さに我ながら舌を巻く。
寄せてくる勇敢な敵兵を内心で称えながら斬り散らし、手に余ると思えば物見の櫓に鉤をかけてむかいの階段に移り、そこで敵兵を刺し殺し、あるいは袈裟斬りにし、血だまりをつくる。
城門の内側の弓兵はもうなすすべがない。
いま射かければ味方にあたってしまう。
場外からは雨のような矢の援護射撃。
豹にむかって徒党を組んで押し寄せることができない。
飛び降りて、城門の裏手へ。
閂の分厚い木材のまえに立ち、息を整える。
このひと振りだ、このひと振りで勝負が決する。
城門がひらけば、落城は時間の問題だ。
そう抵抗も続くまい。
大勢の味方が死を免れる。
豹の黒髪を矢が掠めた。
だが気にはしない。
断ち切ることだけに意識を集中する。
「セイッ!」
気迫の声とともに、鉤箭剣が一閃する。
刃は半分ほど木目にもぐりこんだが、断ち切れなかった。
躍りかかってくる敵兵を振り返りざまに切り伏せ、弓隊に鉤をひっかけて肉薄、集団ごと血祭りにあげる。
城壁から階段を駆けおりてくる、目算五十名ほどの敵。
もはや犠牲を厭わず、豹を数ですりつぶそうという魂胆だろう。
豹は舌打ちをして、もういちど閂めがけて鉤箭剣を振り下ろす。
まだ断ち切れない。
腹立ちまぎれに、閂を足蹴にする。
ドォン、ドォン……三度目に、閂がメリメリと凄まじい音をたてて割れ、地を叩いて土埃をあげる。
豹は殺到する敵兵をあざ笑うかのように、むかいの厩の屋根に鉤を投げる。
さらに櫓の柱へ。
そうして天に舞う。
城壁のうえに降り立ち、目印の赤い布を懐からとりだし、骸から取り上げた槍にくくりつけ、城門のうえに立てる。
すると城外の味方たちがひとつの巨大な猛獣となって躍動を始めた。
すぐに城門が破られる。
足許で騎馬隊が濁流のように流れ込んで、城内を蹂躙しはじめた。
豹は城壁のうえに座り込んだ。
息が弾んでいる。
やがて城内から青々とした煙が幾条、あがりはじめた。
部下が投降の使者の来訪を告げにきたのは、それからすぐのことだった。
場内から勝利を寿ぐ鬨があがり始めた。
まるで祝祭のようだ。
豹が城門の脇の階段をおりてゆくと、
「将軍が自ら城門をお破りになった!
我々の将軍に敵はない!」
地鳴りのような喝さいと、兵たちの満面の笑みに包まれた。




