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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第三章 博愛主義者は死の宴の夢を見るか?
41/75

2.

「背中が清々しいほど青春してるけれども、その自覚はあるか、遼」



 呼びかけられて物思いから醒める。


 すぐ隣で、扇谷が手すりにもたれかかっていた。



 心配して、様子を見に来てくれたのかもしれない。



「大人げないことをした」


 遼は顔をしかめ、足許に目を落として、言った。


「機会があったら星宮先輩には謝っておくよ、機会があったらだけど」



「アヤメさんを悪く思わないでやって欲しい。


 あの人も必死なんだ」



「そうなんだろうね」


 と、遼は言った。


「会議は終わったの?」



「今日は顔あわせ程度だ。


 君さえよければ、次も出てくれるか」



「戦う意思はあるよ」



 ふむ、と扇谷は言った。


 遼が生徒会に出るとまでは言わなかった意味を考えているのだろう。



「扇谷、頼みがある」



「なんだ改まって」



「戦い方を教えてくれ」


 遼は顔をあげて言った。


「いまの俺では、怒りにまかせて生首の目玉に鉛筆をブッ刺すくらいが精々だ。


 どのみち皆の役には立たない」



「いよいよその気になってくれたか。


 いいだろう。


 ……実はな、君がそう言ってくれるのをずっと待っていた」



 遼のスマホがメールを着信した。


 花からだった。



『星宮先輩に言われたこと、よく考えてみた。


 あの人の言うとおりかもしれない。


 いつまでも槙島の背中にかくれてるわけにはいかないもんね。


 わたし、槙島とは並んで歩いていきたい。


 だから、ちょっとだけ、がんばってみる。


 ……むりそうだったら、またひきこもるけど』



「ほう」


 扇谷が覗きこんで言った。


「四井さんもやる気になったみたいだな」



「蔵人は?」



「あいつはビビってるようなふりをしているけど、元々やる気だよ。


 言っていただろう、地元で友人が幾人も≪魔≫に殺されたと。


 あいつもじつは腹のなかが煮えくり返っているんだよ。


 でなければ≪力≫は≪覚醒≫しない」



「いるよな、本気でキレたときほど顔に出さないやつ。


 そういうのに限っていきなり椅子を投げつけたり酒瓶でブン殴ったりするんだ。


 北野映画みたいなの」



「≪魔≫に大切なものを奪われたことがある者はだいたいそうだよ。


 君にもそういうところがあるだろ」



「もしかして、おまえも?」



 扇谷は口の端をすこし曲げただけで、それには答えず、



「室内プールのむこうに旧武道室があるだろう」


 と、半円の屋根のおおきな建物のむこうを指さす。


「いまは使われてない、あれだ」



「汗と埃のステキな匂いがしそう」


 遼はその古びたプレハブっぽい建物を見るなり顔をしかめた。



「贅沢を言うな。


 こういうエクササイズは人の見ているところではやりにくい。


 俺は職員室で鍵を借りてくるから、君は竜崎と四井さんを誘って先に行っててくれ」



「そう簡単に借りられるかよ」



「それこそが生徒会に参加する利点だ」


 と、扇谷は言った。


「教職員も事情はある程度分かっている。


『活動のため』と言えば拒否はできんさ。


 誰だって理事会には睨まれたくないからな」



 三階の廊下で扇谷と分かれ、蔵人と花にメールを打っていると、急に声をかけられた。



 窓から射しこむ放課後の黄ばんだひかりのなか、支倉ありさが立っていた。



 凛とした目許には、まだ不機嫌の色があった。



 星宮アヤメが花を部屋に泊めてやったことを知っていたのは、おそらくありさから洩れたのだろう。


 誤解したいのならさせておけばいい。


 遼はもう諦めがついていた。



「おっす。


 どうしたの?」



「ま……槙島くんが女の子を泊めたりするからいけないんだよ!」



 やれやれ、その話か。


 遼は苦笑いしてかるく頭をふり、



「四井さんはほかに避難させてくれって頼める人がいなかったんだ。


 だれとも話したことがなかったから。


 クラスで会話を交わしたことがあるのは俺だけだった」



「だからって……」



「ゆうべは赤い靄が出ていたし、窓の外にはバケモノもいた。


 問題になるから帰ってくれ、とは言えなかった。


 批判はしてくれて構わないけど、四井さんが余計学校に来にくくなるようなことだけはしないで欲しい。


 お願いだ。


 俺が言いたいのはそれだけ」



「でも、あの子と一晩過ごしたんだよね」



「支倉さんが想像しているようなことは一切ない」



「……信じられないんだけど」



「君に誤解されるような言動をした俺も悪いんだけど……」


 と、遼はありさが歴史の資料集を借りに来たときのことを思い出しながら言った。


「でも、怖い思いをして逃げてきた子とのことをそういう風に疑われるのはさすがにつらい。


 この話はこれきりにしてくれないか」



 沈黙のときが流れる。


 やがて、



「わかっては……いるの」



 ありさは悲しげにうつむいた。


 白い横顔が翳り、いつもよりずっと大人びて見える。


 瞳孔が潤んで揺れていた。



「わたし、最低だよね」



 遼は、ありさの気持ちが、いま、分かったような気がした。


 その面影にクミが重なる。


 胸がしめつけられた。



「支倉さんみたいな美人につめよられて、なかなかスリリングだったよ」



「……またそういうこと言う」



 こわばっていた唇の端に、かすかに微笑みが浮かんだ。



「わたしのこと……嫌いにならないでくれるとうれしい」



「こんな可愛い子、なりようがない」



 ありさは、目許を薬指ですこしおさえ、



「ばか」



 と言い残し、ポニーテールを弾ませて走ってゆく。



 いつもは姿勢のいいありさの背中が、丸まっている。


 遼はそこに、この可憐な女の子なりの苦しみを見たような気がした。


 いま、寮で起こっている問題は、人命にかかわるほどのものであり、すでに犠牲者が出ている。


 生徒会にとって、情報の共有はなにより大切だろう。


 ありさなりに、遼と四井のことは重要な案件と判断して、アヤメに報告したのかもしれない。


 そして、ありさは遼に対し、そのような言い訳をひとことも述べなかった。


 彼女にとっては、あくまで遼との一対一の問題だった、あるいはその側面が大きかったからだろう。


 遼は、ありさの背中に、あまり自覚したくない感情に苦しみながらも、一方では、その想いにまっすぐ向き合っていたいという、矛盾した女心を、感じとっていた。

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