1.
三次関数に公式をあてはめて解いてみるが、どうも答えと一致しない。
槙島遼はノートを手にとっておりまげ、椅子にもたれ、鉛筆でなぞりながら間違いを探す。
ようやく計算を飛ばしていた箇所を見つけて消しゴムを手に取ると、窓辺に置いたラジオが、ちょうどMejaのHow crazy are you?を流し始めた。
しばらく聴き入って、サビを口ずさむうち、数学の頭に戻るのが億劫になってきて、フォックス型の眼鏡をたたんで机に放った。
「俺もキレイな白人のお姉さまに、ベッドのうえで、ねえ君どんだけ狂ってるの、なんて言われてみたい……」
やくたいもない軽口をたたきながら、制服のブレザーを脱いでハンガーにかけ、ベッドに放り投げたままの赤いストライプのネクタイを拾い上げて、ストールのようにかけた。
ワイシャツのボタンをひとつふたつ外すうち、寮の部屋がノックされた。
髪をながして耳のうえを軽くかき、それからドアを開ける。
おなじクラスで隣室に入っている女子――支倉ありさが立っていた。
シャワーを浴びたばかりらしく、ほのかにシャンプーの香りを漂わせている。
アップにした長い黒髪はつやめき、細い首がほんのりと桜色に染まっていた。
ゆったりとした白いカットソーの胸元から柔らかそうな谷間がのぞいていた。
下は赤いチェックのパジャマで、素足にサンダルを穿いている。
彼女はすこしぎこちなく微笑んで、遅くに悪いんだけど、と言った。
「かまわないよ――」
さりげなく勉強机のデジタル時計をふりかえる。9時すこしまえだった。
「歴史の宿題、もう終わった?」
「うん」
「よかったら、日本史の資料集、貸してくれないかな。
うっかり教室に置いてきちゃって」
遼は軽くうなづいて、
「待ってて」
革の鞄をひらいてカラー刷りの資料集をとりだし、まだ名前を記入していなかったことに気付き、マジックで手早く苗字を書き入れ、それからありさに手渡した。
彼女は大人のひとみたいに感じよく微笑んで、
「ありがとう。明日、教室で返せばいいかな」
「うん」
なにげなく視線を落としたとき、ありさのカットソーのふくらみ、スヌーピーの鼻の先が、すこし尖っていることに気が付いた。
思わず口笛が出そうになった。
すると急に、ありさが資料集で胸元を隠し、身体を横にむけた。
「……槙島くんって顔に出るタイプだよね」
と、湯上りの少女は目を細めながら言った。
「いい夢見れそう」
「ばか」
バタンと扉を閉じる。
すぐにもういちど、隣のドアがバタンと鳴った。
作中で言及した楽曲について
mejaofficial > How Crazy Are You?
https://www.youtube.com/watch?v=Ne9VKDmA3_E