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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第二章 亡霊と踊る博愛主義者は血の匂いを厭わない
37/75

14.

 渡り廊下から見渡せる敷地の桜は、すっかり葉桜になっていた。


 あれほど辺りをきれいな薄桃色に染めていた花びらも、風に吹かれてほとんどどこかに行ってしまった。



 食事が済み、四人で連れ立って、その長い渡り廊下を歩いていると、担任の広瀬弥生が風に乱れるワンレンの黒髪を手ですきながら、こっちに向かってくるのに気付いた。


 OL風の黒のスーツをまとっているが、ミニ・スカートの丈がすこし短かすぎるような気がしないでもない。


 スタイルに自信があるのだろう。


 黒のタイツもよく見るとノーマルのものではなく、うっすら網になっている。



 入学したばかりの頃は隙のない化粧をキメていたが、近頃はすっぴんに近い。


 いろいろと苦労があるのだろう。



「驚いた。槙島くんたち、四井さんと仲いいの?」


 と、広瀬が眼をまるくする。


「高校生の子たちの人間関係って意外と奥が深いのねえ」



 まるで教師を始めたばかりのようなことを言っている。



「あの、槙島たちが食事に誘ってくれて……」


 と、花が弁解でもするように言う。



「四井さんモッテモテじゃない。


 先生も混ぜてもらいたかったー」



 とつぜんギャルめいてきた担任に遼はいくらか気圧されたが、さりげなく催促された以上は言わねばなるまいと心に決めて、



「今度、よかったら先生も一緒に……」



「わたしのこと誘ってくれるの?


 やだ嬉しい。


 なんなら槙島くんと二人っきりでもいいんだけど?」


 と、広瀬は楽しそうに笑って、


「それは冗談だけど、それより四人いっしょでちょうどよかった。


 捜してたの」



「なんか用スか?」


 と、金髪のヤンキーは声に警戒心をにじませて言った。


 先生から捜されてロクな目に遇ったことがない、と顔に書いてある。



「四人とも、午後は授業に出なくていいから、このまま生徒会室に行ってくれる?」



「広瀬さん、どういうことですか」


 と、扇谷は言った。



 遼はちらっと扇谷を見やった。


 いま、かれは担任のことを苗字で呼んだ。


 以前から互いに知っていたのかもしれない。



 年齢の推測できない国語の教師は頬にかかる髪をはらい、渡り廊下の人の流れが途切れるのを待って、声を落とし、



「今朝、寮生がひとり病院に搬送されたこと、知ってるでしょ」



「全校集会でその話をしてましたよね」


 と、蔵人。



「亡くなったの」



「マジすか……」



「みんな、事情はだいたい分かるよね」


 と、広瀬はとぼけても無駄だとばかりに言い、


「これ以上、問題を放置できない、というのが理事会の結論なの。


 そのことについて、学校側から、みんなに聞いてほしい話があるのよ」



 遼たちは黙って顔を見合わせた。



「ところで、支倉さん知らない?」



「まだ学食にいるんじゃないかな」


 と、扇谷がモダンなカフェ風の建物をふりかえる。


「アヤメさんと武蔵野さんと一緒だと思いますけど」



「ありがとう」



 広瀬は、黒髪を風になびかせながら、食堂のほうへ歩いていった。



 その後姿が、校舎に戻ろうとする制服の人影に埋もれて見えなくなると、遼は扇谷に、



「まえから知ってるって雰囲気だったな」



 扇谷はかるく頷き、



「あの高架下でゴミを始末したときのことを覚えているか?」



「忘れようもない」



「君はスマホの暗証番号も聞き出さずに殺してしまった」



「そうだったな」



「仲間がほかのルートをたどって蟲を販売している奴を特定したと言ったろ?」


 と、扇谷は歩きだしながら言った。


「それが広瀬さんだ。


 彼女は俺とおなじく、去年度まで、学校の出資母体の対魔部門である≪討魔衆≫のエージェントをしていた」



「まってよ」


 と、花が言った。


「おまえらもしかしてヤバいことに首をつっこんでるのか。


 さっき、ゴミを始末したって……」



「四井さんに隠すつもりはないよ」


 と、遼は言った。


「俺は地元でひとを一人殺した」



「遼は大事な女性を卑劣な方法で奪われたんだ」


 と、扇谷は花にむかって説明した。


「そいつはいわゆる『法で裁けない悪』というやつでな。


 俺の眼から見ても、相手の男はゴミという他なかった。


 遼があれを片づけたことで被害を免れた女性は、きっとたくさんいるだろう。


 ……遼が罪もない人間を殺すような奴じゃないことは、君も分かってくれると思う」



「そう……だったのか」



 花は顔をこわばらせ、うつむいた。



「驚かせちゃったね。


 ごめん……」



 せっかく打ち解けた相手が殺人者では、花もやりきれないだろう。



 ひきこもりの少女ははっきり首を振って、


「ちがうよ。


 槙島みたいなやつがひとを殺したのなら、よほどつらいことがあったんだろうなって思っただけだ。


 わたし、槙島のこと信じてるから」



「ありがとう……」



「それによ、遼がいまだに捕まってなくて、雅数が事情を知ってるってことは、≪魔≫の絡んだ話なんだろ?」


 と、蔵人は言った。


「俺は人を殺したことはねえけどさ、≪魔≫のえげつなさなら知ってる。


 地元のダチが何人も殺されてるしな……」

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