14.
渡り廊下から見渡せる敷地の桜は、すっかり葉桜になっていた。
あれほど辺りをきれいな薄桃色に染めていた花びらも、風に吹かれてほとんどどこかに行ってしまった。
食事が済み、四人で連れ立って、その長い渡り廊下を歩いていると、担任の広瀬弥生が風に乱れるワンレンの黒髪を手ですきながら、こっちに向かってくるのに気付いた。
OL風の黒のスーツをまとっているが、ミニ・スカートの丈がすこし短かすぎるような気がしないでもない。
スタイルに自信があるのだろう。
黒のタイツもよく見るとノーマルのものではなく、うっすら網になっている。
入学したばかりの頃は隙のない化粧をキメていたが、近頃はすっぴんに近い。
いろいろと苦労があるのだろう。
「驚いた。槙島くんたち、四井さんと仲いいの?」
と、広瀬が眼をまるくする。
「高校生の子たちの人間関係って意外と奥が深いのねえ」
まるで教師を始めたばかりのようなことを言っている。
「あの、槙島たちが食事に誘ってくれて……」
と、花が弁解でもするように言う。
「四井さんモッテモテじゃない。
先生も混ぜてもらいたかったー」
とつぜんギャルめいてきた担任に遼はいくらか気圧されたが、さりげなく催促された以上は言わねばなるまいと心に決めて、
「今度、よかったら先生も一緒に……」
「わたしのこと誘ってくれるの?
やだ嬉しい。
なんなら槙島くんと二人っきりでもいいんだけど?」
と、広瀬は楽しそうに笑って、
「それは冗談だけど、それより四人いっしょでちょうどよかった。
捜してたの」
「なんか用スか?」
と、金髪のヤンキーは声に警戒心をにじませて言った。
先生から捜されてロクな目に遇ったことがない、と顔に書いてある。
「四人とも、午後は授業に出なくていいから、このまま生徒会室に行ってくれる?」
「広瀬さん、どういうことですか」
と、扇谷は言った。
遼はちらっと扇谷を見やった。
いま、かれは担任のことを苗字で呼んだ。
以前から互いに知っていたのかもしれない。
年齢の推測できない国語の教師は頬にかかる髪をはらい、渡り廊下の人の流れが途切れるのを待って、声を落とし、
「今朝、寮生がひとり病院に搬送されたこと、知ってるでしょ」
「全校集会でその話をしてましたよね」
と、蔵人。
「亡くなったの」
「マジすか……」
「みんな、事情はだいたい分かるよね」
と、広瀬はとぼけても無駄だとばかりに言い、
「これ以上、問題を放置できない、というのが理事会の結論なの。
そのことについて、学校側から、みんなに聞いてほしい話があるのよ」
遼たちは黙って顔を見合わせた。
「ところで、支倉さん知らない?」
「まだ学食にいるんじゃないかな」
と、扇谷がモダンなカフェ風の建物をふりかえる。
「アヤメさんと武蔵野さんと一緒だと思いますけど」
「ありがとう」
広瀬は、黒髪を風になびかせながら、食堂のほうへ歩いていった。
その後姿が、校舎に戻ろうとする制服の人影に埋もれて見えなくなると、遼は扇谷に、
「まえから知ってるって雰囲気だったな」
扇谷はかるく頷き、
「あの高架下でゴミを始末したときのことを覚えているか?」
「忘れようもない」
「君はスマホの暗証番号も聞き出さずに殺してしまった」
「そうだったな」
「仲間がほかのルートをたどって蟲を販売している奴を特定したと言ったろ?」
と、扇谷は歩きだしながら言った。
「それが広瀬さんだ。
彼女は俺とおなじく、去年度まで、学校の出資母体の対魔部門である≪討魔衆≫のエージェントをしていた」
「まってよ」
と、花が言った。
「おまえらもしかしてヤバいことに首をつっこんでるのか。
さっき、ゴミを始末したって……」
「四井さんに隠すつもりはないよ」
と、遼は言った。
「俺は地元でひとを一人殺した」
「遼は大事な女性を卑劣な方法で奪われたんだ」
と、扇谷は花にむかって説明した。
「そいつはいわゆる『法で裁けない悪』というやつでな。
俺の眼から見ても、相手の男はゴミという他なかった。
遼があれを片づけたことで被害を免れた女性は、きっとたくさんいるだろう。
……遼が罪もない人間を殺すような奴じゃないことは、君も分かってくれると思う」
「そう……だったのか」
花は顔をこわばらせ、うつむいた。
「驚かせちゃったね。
ごめん……」
せっかく打ち解けた相手が殺人者では、花もやりきれないだろう。
ひきこもりの少女ははっきり首を振って、
「ちがうよ。
槙島みたいなやつがひとを殺したのなら、よほどつらいことがあったんだろうなって思っただけだ。
わたし、槙島のこと信じてるから」
「ありがとう……」
「それによ、遼がいまだに捕まってなくて、雅数が事情を知ってるってことは、≪魔≫の絡んだ話なんだろ?」
と、蔵人は言った。
「俺は人を殺したことはねえけどさ、≪魔≫のえげつなさなら知ってる。
地元のダチが何人も殺されてるしな……」




