13.
高い天井に、古い映画でよく見るような大きなシーリング・ファンがいくつも取りつけられている。
内装はオーク材で統一され、壁は南がすべてガラス張りになっていた。
制服すがたの生徒たちでごった返していることと、ラーメンや丼モノをあちこちで見かけることを別にすれば、洒落たカフェやアメリカの都会のレストランといった趣がある。
カウンターの左側は読書スペースになっていて、本棚と自販機が並び、右側はお菓子から文房具までが一通り揃っている売店になっている。
「ここ初めて来たけど、すっげえ」
と、花は言った。
「あの売店、生徒しか客いないのに採算とれんのか?」
「君の着眼点はそこなのか」
と、扇谷がハンバーグ定食のトレイをテーブルに置きながら言った。
「まあ、個性的なのはいいことだ」
「採算とれなきゃ潰れちゃうだろ」
花は売店の袋からチーズ味のカールといちご牛乳を取りだす。
「四井そんだけで足りるのかよ」
と、蔵人が言った。
ビーフ・カレーとサラダのセットを慎重に置く。
「わたしにはここの食事は量が多すぎる」
「だから背が伸びねえんだよ。
おまえこのままじゃ一生ちいさいキャラだぞ」
「うるせー!
いちご牛乳買ってきただろ!」
「おそらく砂糖たっぷりだと思うが、まさか君はカルシウム摂取を期待しているのか?」
と、扇谷がマジレスをする。
「こまけーことはいいんだよ。
おまえ見た目より全然モテないタイプだろ」
「ぐっ……」
遼はアメリカン・ハンバーガーとホット・コーヒーを席におきながら、ガラス張りのほうを眺めた。
渡り廊下のむこうの駐車場に、警察のワンボックスの車両が停まっている。
寮のロビーにも私服警官や鑑識の出入りがあるようだった。
花がそちらに目をやって、
「クロサキさんに、寮の保守点検があるからできるなら学校へ行っててくれって言われてさ」
と言った。
「寮の部屋にいてもいいけど警察からいろいろ質問されるかもしれないぞって。
警察なんて学校より恐ろしいし。
それで嫌々来たの」
「保健室に直行せず、ちゃんと教室に来たのは立派だね」
「えへへ……」
「けどよ、遼と四井ってどこで仲良くなったん」
と、蔵人。
花はうかがうように遼を見ている。
「こいつらになら、話しても大丈夫だと思うけど」
と、遼は言った。
ひきこもり少女はうなづいて、
「ゆうべ、槙島の部屋に避難させてもらったの」
「泊めた、ということか?」
と、扇谷が眉をあげる。
「まあ、そうなるな」
「あー、なるほど」
と、蔵人がサラダをつついていたフォークを遼にむける。
「だから支倉がブチ切れてたんか。
たしか、部屋が隣だったもんな。
防音設備なんて気のきいたもん付いてねえし、そりゃ気付くわ」
「待って」
と、遼は言った。
「俺たち、やましいことはなにもしてないからね?」
「わかってるよ」
「ねえ、支倉さんがブチ切れてたって?」
と、花。
「二時間目は自習だったんだがな」
と、扇谷は言った。
「そのとき、遼が支倉さんからねちっこく質問攻めにされたあげく、ドラマの取り調べよろしく、机をバーンとやられたんだよ」
「まじか。
槙島ごめん……」
「気にしなくていいよ。
支倉さんは少なくとも言いふらすタイプじゃないし、冷静に話し合えばわかってくれると思う」
と、遼は言いはしたが、当分、彼女に話を聞いてもらうのは難しいだろうな、という気はしていた。
そうして漫然と学食のにぎわいを眺めているうち、たくさんの制服の人影のむこうに、当の支倉ありさの姿をとつぜん見出した。
窓際の採光のいいテーブルにつき、ふたりの生徒とにこやかに食事をしている。
その相席の生徒が意外だった。生徒会長の星宮アヤメと、今朝、表彰されていた武蔵野寿だ。
「扇谷、あれ見える?」
と、遼は指さした。
「ああ……」
すぐに気づいたようだった。
「そういえばアヤメさんの世話役を務めるために星宮家から幾人か歳の近い男女が学院に送られていると聞いたが、支倉さんもそのうちの一人なのかもしれないな」
「すげえな。召使い的な?」
と蔵人。
「星宮家にはたくさんの弟子がいる。
高弟の子女がお供のようなかたちで一緒の学院に通っている、ということだろう」
「じゃ、支倉も≪能力者≫なのか?」
「あるいは、な」
それに、と言って扇谷は紙ナプキンを口元にあて、フォークとナイフを置き、
「広義には俺や武蔵野さんもそうだと言える。
弟子筋ではないが分家の跡取りだからな。
本家の令嬢を盛り立てていかねばならん立場だ」
「で、おまえはご機嫌取りにいかなくていいのか?」
と、遼はハンバーガーにかじりつきながら言った。
「令嬢は太鼓持ちのようなことをされて喜ぶような人じゃない」
と、扇谷は言って、それからなにかに気付いたように、
「……君はアヤメさんになにか思うところでも?」
晩春の昼のひかりが、アヤメのきれいな長い髪にからみついている。
柔らかい笑みのたゆたう白い横顔は、体育館で話した彼女のそれとおなじものとは信じられなかった。
認めたくなかったが、気高いなにかを宿したように見える凛とした眼は、とても魅力的だった。
ひかりと影のなかで洒落たスタッキング・チェアに腰かけて脚を組んでいるさまは、まるで古い絵画のようだった。
そのとき、美しい上級生が、学食を埋め尽くす制服の人影をつらぬくように、まっすぐに遼に視線をなげかけてきた。
挑戦的な、素敵な眼だった。
遼は思わず、顔を伏せた。
くっそ、美麗すぎる。
遼はしばらく、この広い学食に、自分とアヤメのたったふたりしか存在しないような、奇妙な錯覚に囚われていた。




