12.
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、数学の教師にうながされて日直が起立と礼の号令をかける。
ありさの機嫌はまだ直らないようで、遼を一瞥するとこれみよがしにため息をつき、教室を出ていった。
「遼が女子を怒らせるなんて珍しいな」
と、蔵人が肩に腕をまわしてくる。
「……支倉になにをしたんだ? 教えろよ」
「まあ、その、なんだ。
聖徳太子のデコレーションがお気に召さなかったらしい」
遼は眼鏡をはずして畳み、ケースに仕舞いながら言った。
「は?
なんだそれ」
「おおかた、遼が女子の誰にでも優しいものだから、やきもちでも焼いたのだろう」
うしろからやってきた扇谷が遼の机に腰かけながら言った。
「はやくも修羅場の様相を呈してきたな。
この先が楽しみだ」
「女子どもがヒソヒソ話してたぞ。
おまえと支倉のあいだにナニがあったんだって。
俺もしつこく聞かれて困ったわ。
竜崎くんなにか知ってるんでしょってさ」
「それでも、赤い靄だの、寮の事件だのの話に較べたらまだマシだろ」
と、遼。
「たしかにな」
と、扇谷が言った。
「ところで昼飯はどうする」
どうすると言っても、この辺りにはコンビニどころか食事をできそうなところすらない。
購買部でパンを買うか、学食に行くか、のふたつにひとつだった。
寮で弁当を作ってくる者もまれにはいたが、遼は自分で作るなど考えたことすらない。
おそらく扇谷や蔵人もそうだろう。
「いつもどおり学食でいいんじゃない」
「だったら俺、提案があるんだけどさ……」
と、蔵人がやや声のトーンを落として言った。
「今日、めずらしく四井が来てるじゃん」
「ほんとに?」
遼は驚いて花の席があるいちばん後ろの廊下側の席をふりかえる。
前髪の揃った、セミロングの、小学生みたいな女の子が、ちょこんと座っていた。
「朝、いなかったよね」
遼は眼があったら手を振ろうと思ったが、花はすこしも気づかず、じっと机の木目を見つめていた。
「ああ、そういえば三時間目の途中に、そっと教室に入ってきたな」
と、扇谷。
「一緒に飯を食うやつ、いないみたいだし、誘ってみねえ?」
と、蔵人。
「俺はかまわんが……話があわず、かえって気を使わせたりしないか?」
「バカそこはこっちが合わせンだよ」
「そ、そうだな」
遼は小走りになって花の傍までいき、
「重役出社、おつかれさまでーす」
と、話しかけた。
花はハッと顔をあげ、しばらくこわばった眼つきで遼のことを見上げていたが、
「う、うるせー!
こっちは命がけなんだよ!」
「がんばったじゃん」
「うん……」
「よかったら、一緒に飯食いにいかない?」
ひきこもりの少女はこっちに歩いてくる金髪のヤンキーと不愛想な黒髪の男を恐ろしげに見やって、
「き、気を使わなくてもいいって。
竜崎くんたちと食べてきなよ」
肩をすぼめ、俯いてしまった。
「お、なんだ遼って四井とも仲よかったの?」
と、蔵人。
「おいそこの金髪ヤンキー、四井さんビビらせてんじゃねーよ」
と、遼は言った。
「自分のガラの悪さをすこしは自覚したほうがいいぞ」
と、扇谷。
「お、俺のどこがガラ悪いんだよ?
地元じゃこれくらい普通だったぜ?」
「じゃあ地元がまるごとガラ悪いんじゃねーの」
と、遼。
花は、ぷふっと、笑いをかみ殺していた。
「ちなみに四井さんを飯に誘おうって最初に言い出したのコイツ」
と言って、遼は蔵人を親指で示した。
「見た目ほど凶悪じゃないから安心して」




