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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第二章 亡霊と踊る博愛主義者は血の匂いを厭わない
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11.

 担任の広瀬は、 サンダルを鳴らして教室に慌ただしく入ってくると、白墨をとって黒板に『自習!』と大書し、またバタバタと走っていった。


 職員会議が長引いているらしい。


 二時間目は、広瀬が担当する現国だったが、教科書のどこからどこまでを自習するかの指定はとくにない。


 クラスの大半の生徒は、適当に時間を潰してて、と言えないかわりに殴り書きを残してしていったものと理解したのか、スマホをいじったり雑談したりを始めた。



 隣の席で、支倉ありさが、ふわぁ、と大きな欠伸をして、それからンーと言いながらゆったりと椅子にそりかえって伸びをする。



 つややかな黒髪をポニー・テイルに結び、水色のリボンをかけている。


 その髪が椅子の背のところで光沢をすべらせながら揺れていた。


 ありさは眼もとが凛としていて、黙っていればクール・ビューティーで通るのに、口をひらくと、それが六割減くらいになる。



 遼は文庫本から顔をあげて、



「夕べはよく眠れなかった?」


 と、声をかけてみた。



 ありさはすらっとした首をかえしてジロッと遼を見やったが、返事はしなかった。



 小説に読みふけっていると、急にありさが、



「槙島くんにさ、いちど、聞いてみたかったことがあるの」


 と、前髪の枝毛を気にしながら言った。



「なに?」



「自分のこと、カッコイイと思ってるでしょ」



 遼は、実はちょっとだけ、と言いかけて、やめておいた。


 ありさが細くした瞳に殺伐としたひかりを湛えていることに気付いたからだ。



 いやな予感がする。



「な、なんで急にそんなことを聞くわけ」



「普通のひとは、フォックス・タイプの眼鏡なんてかけないの。


 どうしてだか知ってる?」



「どうしてだろう」



「それはね、語尾が『ザマス』になっちゃうから。


 貸してみて」



 ありさは有無をいわさず遼の眼もとから眼鏡を奪い、自分にかけた。



「ほら、見てよ。


 わたし教育ママみたいでしょ?


 こうなっちゃうわけ」



 そうしてこんどは遼に眼鏡をかけてやり、前髪をかるく整えて、



「ザマスにならない時点で、槙島くんは勝利者なの。


 わかる?」



「よ、よく分からないな……」



「とぼけても無駄だよ。


 槙島くんは自分のことをカッコイイと思ってる。


 だからフォックスの眼鏡なんてかけているの。


 わたし、騙されないんだから」



「なんか知らないけど、ごめん……」



「本当だよ」



 ありさは鞄に手をさしいれて、歴史の資料集をひっぱりだした。



 返してくれるのかと思いきや、パラパラとめくって、



「それに槙島くんてキャラがブレすぎてると思う」



「……どういうこと?」



「なんで縄文人と弥生人と聖徳太子に落書きするわけ?


 槙島くんは小学生なの?」



 そのページを折って、遼にむけ、これが動かぬ証拠だとばかりに指さす。



「高校生にもなってこんなことしてるの槙島くんくらいだよ?


 しかもさ、わたしに貸してくれる直前に名前、書きいれてたよね?


 名前を書くよりさきに聖徳太子の顔に落書きするって、どういうこと?」



 遼はすこし背をまるくして、手元を見つめた。



「……はい」



「しかも独創性ゼロだし。


 男子ってさ、耳毛と鼻毛をボーボーにはやせばなんでも面白くなると思ってない?」



 たしかに、遼の資料集の聖徳太子は、耳毛も鼻毛もボーボーだった。



「……すみませんでした」



「とっても助かった。


 貸してくれてどうもありがとう」



「……いえ、とんでもないです」



 それからしばらく、ありさは頬杖をついてあらぬ方を眺めていた。



 1Q84年に戻ろうと、文庫本を開くなり、ありさが声帯ギリギリの低い声を発した。



「だいたいさー、この学校もおかしいよねー。


 男子と女子の寮を分けないとかさー」



 遼は生唾を飲み込んだ。



 ありさが隣の部屋に住んでいることの意味に、たった今、気づいた。



「ねえ槙島くん?」



「……なに?」



「寮に入って一か月も経たないうちに、女の子を部屋に泊めちゃうとか、ちょっと飛ばしすぎじゃないかな?」



 やっぱり四井花のことだ。


 遼はゾッとなった。



「なんのことだか、俺にはよく……」



「声、聞こえてたんだけど?」



「それは……ラジオじゃないかな」



「へー、槙島くんってラジオに話しかけたりするんだ?」



「あ、やっぱテレビだと思う。


 昨日、遅くまで見ていたから」



「とぼけないで!」



 ダァン、とありさが机を叩くと、ボニー・テイルが肩のうえまで跳ね上がる。



 一瞬、教室が静まり返った。



「心配しないで、チクったりしないから」


 と、ありさは言って、机にぐてっと伏せた。


「はーあ。学校つまんない」



 遼は頭をかいた。


 この際、自分がネチネチと責められるのは耐えるにしても、相手が誤解されるのだけは食い止めないといけない。


 詮索が始まって花に類が及びでもしたら笑えなくなる。



「ほんと、違うから。


 いま支倉さんが想像しているようなことは絶対にないから」



 ありさは、こっちを向きもしない。



「……ねえ、避妊具はちゃんともってるの?


 ほら、このへん売ってるとこなさそうじゃない?


 余計なお世話だけどさ、16歳でパパになって高校を中退して働きだすのって、なにかと大変だと思うよ?」



 話を聞くつもりはないようだ。


 遼は額をささえて、首をふった。

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