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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第二章 亡霊と踊る博愛主義者は血の匂いを厭わない
33/75

10.

 校長の長話がようやく終わると、進行役の体育教師がマイクにむかって、



「続いて、生徒会役員の選挙について、お知らせがあります。


 生徒会長は、立候補を希望する者が一名だけであったので、選挙はせず、このまま選出といたします。


 生徒会の役員については、本年度より会則が変わり、生徒会長の指名により決めることになりました。


 人選については後日また改めてお知らせします。


 ……では新生徒会長の星宮アヤメさん、挨拶をお願いします」



「はい」



 右手の階段をあがっていく長身の女子生徒を見て、遼はあっと思った。


 ついさっき、冷ややかな眼つきで自分に「はっきりしない奴」と言った二年の女子だった。



 星宮アヤメは就任演説でもするのかと思いきや、一礼もせず、それどころか名乗りもせず、めんどうくさそうにマイクに顔を近づけ、例のすこし掠れた声で、



「よろしくお願いし……」



 言い終わらないうちに長い髪をひるがえした。



 そのまま、すたすたと壇をおりてゆく。



「ロックな姐さんだな!」


 と、竜崎がふりかえって話しかけてくる。



「相変わらずだ、アヤメさんは」


 と、すぐ後ろの扇谷が苦笑いする。



「知り合いなの?」


 と、遼。



「小さい頃からよく知っている。


 星宮家とは家ぐるみの付き合いでな」



「そうなんだ」



「もちろん、あの人にも≪能力≫がある。


 ただ、星宮家が期待していたのとは少し異なる≪力≫だが。


 そのことでアヤメさんは昔から苦労をしてきた」



「………」



「アヤメさんに生徒会長の役職を押し付けたのは理事会だろう」


 と、扇谷は言った。


「あの人の性格を考えれば、生徒会長なんかやりたがる訳がない。


 まあ、あの態度も仕方ないさ」



「よくわかんねえけど」


 と、竜崎。


「おまえの実家とか新会長のうちって茶道とか生け花の家元みたいな感じなの?」



 扇谷は、まあそうだな、と頷いて、



「うちも星宮も、古くから代々≪魔≫の浄化や調伏をやっていた。


 もともとはおなじ一族で、鎌倉時代に関東へ移り住んだ陰陽師や修験者の氏族から始まったんだが、扇谷は戦国時代に星宮から分家して、軍配者として各地の大名に仕え、平和な江戸時代になると武家の子弟に軍学を教えるようになった。


 明治以降は占いや風水、暦や方位、それからちょっとしたまじないを家業にしている。


 その次期当主が俺というわけだ。


 他方、本家の星宮は、神道や密教、儒教や道教などの古来からの宗教観にもとづいて、慰霊や祈祷をやってきた。


 詳細は言えないが、うちも星宮も、クライアントには国家レベルの大物がぞろぞろいる。


 というか、重複している人も多いな。


 祈祷のことは星宮、暦や方位のことはウチ、という感じだ」



「へ、へえ。な、なんかすげえ」


 と、竜崎。



「その星宮家のお嬢さまは、どうしてうちの学校の理事会によって生徒会長にさせられてしまったんだ?」


 と、遼は尋ねた。



「星宮家は、この学校の出資母体グループの中心的存在なんだよ。


 理事会とすれば、星宮の本家の令嬢が自分らの学校に通っているのに、生徒会長をやらせない訳にはいかないだろう。


 要するに、『大人の事情』というやつさ。


 ただ……」



 扇谷は考え込むように、腕を組んであごに手をやる。



「ただ?」



「さっき進行役の先生が言っていただろう。


 今年度より、生徒会の役員は、選挙で選ぶのではなく、会長により任命される、と。


 つまり生徒会をアヤメさんの息のかかった人間で固めるってことだ。


 なにが意図があるのかもしれない」



「星宮アヤメさんは≪能力者≫だと言ったな」



「ああ」



「星宮家が彼女に期待するのとは異なる能力の持ち主で、そのせいで苦労したって」



「慰霊や祈祷を代々の家業とする星宮家にとって、荒事よりも祈りや癒しの力に長けた当主のほうが望ましい、というのは、さすがに君でも分かるだろう?」



「それって医者や弁護士ばっかりの家に生まれて勉強ができない、的なことか」


 と、竜崎。


「そりゃあキツいわ」



「本家の星宮は古来より氏族じゅうの尊敬を集める家だった。


 俺たち分家は≪魔≫と戦い、調伏することができるけど、それは対症療法に過ぎないんだ。


≪魔≫の引き起こす問題は、癒すことでしか解決しない。


 空腹のやつをいくら殴ったって空腹は解決しないのとおなじことでな。


 またほかで食い物をくすねてくるだけだ。


 けれども腹いっぱい食べさせてやれば、もうよそから盗んでくる必要はない。


 星宮家の人間には、代々、≪魔≫を≪魔≫たらしめている苦しみを癒し、浄化する力があった。


 だから我々分家にとって、特別な存在だったんだ」



「そして、星宮さんは、皆が期待する癒しの力を持っていない……」



「まあ、そういうことだな」



 遼はなんとなく、アヤメの苛烈なものを秘めたような瞳のいろを、思い出していた。



 全校集会は、直近の大会で好成績をおさめた運動部や文化部の生徒たちを表彰するくだりにさしかかっていた。



 フェンシング全国大会……三位入賞……武蔵野寿くん……



 二年生のほうから、ひときわ大きな拍手があがった。


 熱心に拍手しているのは女子が多いようだ。


 壇上では長めの茶髪の男子生徒が進み出て、校長から恭しく賞状を受取っていた。



「あの人も≪能力者≫だ……覚えておくといい」


 扇谷が、遼に顔をよせてそう言った。



 ステージの上でこちら側をむき、表彰者たちの列に戻ろうとする武蔵野は、まるで流行りの少女漫画家が描いたような、いかにもの美少年だった。


 表情はおだやかで、眼元にいくらか憂いの色がある。


 青いストライプのネクタイをしている、ということは二年生だろう。


 となりの女子と一言二言かわして自然に微笑む。


 モテないほうがおかしいというような魅力的な笑みだった。



「あのひとの実家の武蔵野家も、星宮から分家した。


 たしか室町の頃だったと聞いている。


 古くから忍術や妖術との関係が深く、氏族のなかでは少々異端だった。


 武蔵野一族の住む里の近くには≪魔窟≫があり、恒常的に≪魔≫との戦いを強いられていたせいで、戦闘術や妖術に関しては他の一族よりかなりシビアなところがある。


 戦国期には本家との交流がほとんど絶えて、各地で忍者のようなことをしていたようだ」



「風魔とか服部みたいなことか?」


 と蔵人が言った。



「風魔は相模、服部は伊賀だろう」


 と、扇谷は言った。


「武蔵野一族は特定の忍びの里に所属することはなかったようだ」



「≪魔窟≫ってなによ?」


 と遼。



「魔物の巣窟、といったところだな」


 と、扇谷。


「機会があったら、こんど一緒に行ってみるか?」



「遠慮しておく」


 と、遼は即座に言った。



 武蔵野は表彰者たちとあわせて一礼して壇をおりてゆく。


 体育館のはしに教職員と一緒に並んでいた星宮アヤメのまえで脚をとめ、言葉をかわす。


 武蔵野が自分の胸に手をもっていって、おどけたようになにか言うと、アヤメは微笑んでかれの頭をこづくふりをした。


 遼はアヤメでも笑うことがあるとは知らなかった。



「武蔵野さんはアヤメさんとは逆に、幼少のころから次期・武蔵野家の当主として相応しい才能を発揮してきた。


 学業やスポーツもそうだが、≪能力者≫としてもほんとうに優等生だよ。


 一見、穏やかで人あたりがよさそうに見えるだろう。


 しかし戦闘になるとガラリと人が変わるんだ。


 俺も一度、二度、組んで戦ったことがあるが、いやはや……」



 扇谷は、その場面を思い出したのか、顔をしかめて首を振った。

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