5.
凄まじい悲鳴があがった。
男子のものだ。
遼は眼を見開いて、身体を起こす。
花もいまので目が覚めたようだった。
「なに、いまの……」
「わからない」
ふたたび、聞くに堪えないひどい悲鳴があがった。
悲惨さが寮ぜんたいに染みわたって、すべてを氷漬けにするかのようだった。
尋常のものではない。
寮はそのことをすぐに確信した。
ベッドから降りて、ドアの傍まで行き、耳を澄ます。
「ねえ槙島、なにする気?」
花がベッドから身を乗り出す。
「壁抜けってどうやってやるんだろう」
たしか扇谷が、状況次第では壁抜けができると言っていた気がする。
花も猫のすがたに変化して実際にやってみてくれた。
とすれば、自分にもできるかもしれない。
非現実的で都合のいい考えかもしれないが、試してみる価値はゼロではないだろう。
あの畏友に詳細を聞いておかなかったことが悔やまれた。
「まさか、見に行くつもり?」
遼はうなづいた。
誰かが魔物に襲われているのだとしたら放置はできない。
「アホかよ!
や、やめろって……」
ベージュに塗装された鋼鉄の扉に触れ、かるく押してみるが、もちろん手はすり抜けない。
ノブをひねってみても、ロックに阻まれて回転しない。
「豹、なんとかならないか」
と、前世のおのれに呼びかける。
(いまのおまえでは難しいな……)
声が簡潔に答える。
舌打ちをして、それから扉に耳をあて、息を殺す。
遠くで物音がするのは分かるが、重いものを動かしているのかもしれない程度のことで、詳細は推測しようがない。
どれくらい、耳を澄ませていただろうか。
やがて、靴音が、陰々とひびいてきた。
声がする。
「……結界はしっかり固定されていたはずだが」
これはクロサキの声に違いなかった。
「なぜネジが緩んでいたのか、私にもよく……」
おそらく職員の声だろう。
「部屋から工具類はいっさい見つかっていない、それで間違いないな」
「はい」
「最後に保守点検を行ったのは」
「えっと……三月二十八日です」
「業者を変えろ」
「わかりました、今日中に手配します。
それで、あのう……」
「なんだ」
「警察への対応は……ご家族にはどのように……」
「いまはそれより先にすべきことがある」
「……彼は、助かるのでしょうか」
「手は尽くした。
あとは外科医を信じるほかあるまい」
「やはり寮の警備体制を変更したほうが……」
「その話はあとで聞く」
靴音と声は、やがて聞こえなくなった。
かわりに、救急車の音がだんだん大きくなり、すぐ近くで止まった。
慌ただしく人々が立ち動く気配。
それから半時間ほどして、部屋のロックが解除された。




