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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第二章 亡霊と踊る博愛主義者は血の匂いを厭わない
28/75

5.

 凄まじい悲鳴があがった。



 男子のものだ。



 遼は眼を見開いて、身体を起こす。



 花もいまので目が覚めたようだった。



「なに、いまの……」



「わからない」



 ふたたび、聞くに堪えないひどい悲鳴があがった。



 悲惨さが寮ぜんたいに染みわたって、すべてを氷漬けにするかのようだった。



 尋常のものではない。



 寮はそのことをすぐに確信した。



 ベッドから降りて、ドアの傍まで行き、耳を澄ます。



「ねえ槙島、なにする気?」



 花がベッドから身を乗り出す。



「壁抜けってどうやってやるんだろう」



 たしか扇谷が、状況次第では壁抜けができると言っていた気がする。


 花も猫のすがたに変化して実際にやってみてくれた。


 とすれば、自分にもできるかもしれない。


 非現実的で都合のいい考えかもしれないが、試してみる価値はゼロではないだろう。



 あの畏友に詳細を聞いておかなかったことが悔やまれた。



「まさか、見に行くつもり?」



 遼はうなづいた。


 誰かが魔物に襲われているのだとしたら放置はできない。



「アホかよ!


 や、やめろって……」



 ベージュに塗装された鋼鉄の扉に触れ、かるく押してみるが、もちろん手はすり抜けない。


 ノブをひねってみても、ロックに阻まれて回転しない。



「豹、なんとかならないか」


 と、前世のおのれに呼びかける。



(いまのおまえでは難しいな……)


 声が簡潔に答える。



 舌打ちをして、それから扉に耳をあて、息を殺す。



 遠くで物音がするのは分かるが、重いものを動かしているのかもしれない程度のことで、詳細は推測しようがない。



 どれくらい、耳を澄ませていただろうか。



 やがて、靴音が、陰々とひびいてきた。



 声がする。



「……結界はしっかり固定されていたはずだが」


 これはクロサキの声に違いなかった。



「なぜネジが緩んでいたのか、私にもよく……」


 おそらく職員の声だろう。



「部屋から工具類はいっさい見つかっていない、それで間違いないな」



「はい」



「最後に保守点検を行ったのは」



「えっと……三月二十八日です」



「業者を変えろ」



「わかりました、今日中に手配します。


 それで、あのう……」



「なんだ」



「警察への対応は……ご家族にはどのように……」



「いまはそれより先にすべきことがある」



「……彼は、助かるのでしょうか」



「手は尽くした。


 あとは外科医を信じるほかあるまい」



「やはり寮の警備体制を変更したほうが……」



「その話はあとで聞く」



 靴音と声は、やがて聞こえなくなった。


 かわりに、救急車の音がだんだん大きくなり、すぐ近くで止まった。



 慌ただしく人々が立ち動く気配。



 それから半時間ほどして、部屋のロックが解除された。

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