4.
文庫本にしおりを挟んで閉じ、眼鏡を外して眼のまわりを揉みほぐす。
伸びをしながら花の様子をうかがうと、体育すわりの膝のうえに腕と頭をのせて、眼を閉じていた。
息が静かで規則正しい。
眠っているのだろう。
デジタル時計は、午前四時を指していた。
しばらく机に頬杖をついてぼうっとしていると、花がよだれをすすりながら顔をあげた。
「……占領しちゃってごめんね」
遼は微笑した。
「かまわないよ」
「そこじゃ眠れないだろ。
ベッドで寝ればいい」
「いや、ここでいい」
「すこしは寝ないと授業がつらいぞ」
花は催促するように、ベッドをぽんぽんと叩く。
「じゃあ、こっち半分、使うね」
遼は壁際に陣取る花を圧迫しないように、なるべく浅いところに横になった。
「わたしも……横になろうかな」
うしろで、花が身体を寝かせる気配がする。
そうして花が寝返りをうつと、ときどき腕や髪が背中にふれた。
「シングルだから、ちょっと狭いな」
「うん……」
拍子で身体が触れあったとき、遼は花が震えていることに初めて気がついた。
「怖い?」
「ちょっとだけ……」
遼は空気をかえるためにアホなことでも言ってみようという気になり、背をむけたまま、
「ねえ、四井さん」
「なに」
「これで俺たちは、『一晩、ベッドを共にした』ことになるのかな」
「ビ、ビミョーな言い方をするな」
「でも事実だろ?」
「慣用句としてのニュアンスが混入してしまう!
それに陳腐すぎるしオッサンくさい!」
遼は、花の書く小説はいがいと面白いのかもしれないと思いながら、
「ははっ、そうだね」
と言った。
「四井さんなら、この晩のことをどう表現するの?」
花は、うーん、と考え込んでから、
「嵐の夜を、ふたりは肩を寄せ合って過ごした、的な」
「なんか悲惨な童話みたいだ」
遼は、花が物語の書き手としてのセンスを貶されたことで怒りだすんじゃないかと思ったが、かえって黙り込んだ。
そうしてやがて、ぽつりと、
「でもこれさ、じっさい、『悲惨な童話』みたいなものじゃない」
と、言った。
その言葉には、なんともいえない嫌な真実味があった。




