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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第一章 狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録
23/75

20.

「槙島、聞いて欲しい」


 と、扇谷は言った。


「有川クミさんに蟲を植え付けたのは、高架下で君が殴殺したあのヒロという男だ。


 そして、その蟲は、この魔物が飼育して販売したものだ。


 当然ながら、君はこの魔物が憎かろう?」



 遼は、だまって頷いた。



「君が望むのであれば、俺はいまからコイツを虐殺しよう。


 君の怒りはよく分かる。


 俺も、監視カメラの映像を見てはらわたが煮えくり返った。


 ここまで腹が立ったのは久しぶりかもしれん。


 君をここまで付き合わせたのも、それを見せてやりたかったからだ。


 これで君のトラウマが癒えるとは思わない。


 しかし、それでも多少は気が晴れるはずだ。


 ……だが、我々としては、できるなら、この鬼を組織の施設に連行し、尋問にかけたい。


 そうすることで、蟲の拡散を食い止められるかもしれない。


 魔物どもの動きについて有力な情報が得られるかもしれない。


 うまくすれば、今後、クミさんのような目にあう人々の数を、減らすことができるだろう」



 遼は、怯えてすがるように見上げてくる鬼を、敢然と見下ろした。


 奥歯がギリっと鳴った。



「……コイツをつれていってくれ、扇谷」



「いいのか」



「気持ちだけもらっておくよ。


 ありがとう」



 扇谷は血だまりに坐りこんだオニに拳銃をつきつけながら、何度か、頷いた。


 それから携帯端末をとりだして、電話をかける。短くやりとりしたあと、



「……ああ、そうだ」



 帰ろうとする遼を、扇谷が呼び止めた。



「警察のことなら心配いらない。


 君は逮捕されないはずだ」



「悪いけど、信じられないな」



「現代日本の闇のなかで、魔物どもが蠢いていることは、ある人々にとっては、周知の事実なんだ」



「ある人々?」



「たとえば、一握りの政治家。


 政府高官。


 それに、財界や宗教界、法曹界、マスコミの上層部。


 公益のために≪魔≫を取り締まらなければならぬと考える人たちもいれば、軍事・経済上の目的から≪魔≫を利用してやろうと考える人たちもいる。


 ひどいのになると私欲を満たすために≪魔≫と結託しようとする者もいるし、カルト的な思想に魅入られて≪魔≫に力を貸そうとする愚か者もいる」



「そうなのか。


 いや、よくわからないけど」



「彼らは様々な思想・信条をもっているけれども、ただ一点において、利害を共有している。


 それは、≪魔界≫や≪魔≫の存在を、世間にむかって明らかにしたくない、ということだ。


 ……わかるだろう。


 彼らにとって、それは不都合なんだ」



「………」



「俺たちの≪組織≫も、そういう存在のひとつと言えるかもしれないな」



「それで?」



「それらの人々が、誰に頼まれずとも、勝手に、事件の隠蔽に動く。


 だから君は逮捕されない。


 請け負ってもいい」



「あてにしないでおく」



「ところで、君はこれからどうする」



「帰るよ。


 こんな時間まで家に帰らないんじゃ、親が心配しているだろうし。


 もっとも、そんなことを気にしている場合じゃないけど」



「そうじゃなくてだな」


 と、扇谷は言った。


「そろそろ受験だろう?」



「ああ……まあな」



 遼はため息をつきながら言った。


 受験の合否いぜんに、そもそも試験を受けられるところまでいけばいいけれど。



「全寮制のいい高校があるんだが、興味はないか。


 学費もほとんどかからない。


 じつは俺もそこに進学する予定でな。


 いずれご両親にその話がいくかもしれない。


 考えておいてくれ」



 遼はてきとうに頷いて、扇谷に心身の疲れで丸くなった背をむけた。



「いろいろありがとうよ。


 縁があったらまた会おうぜ」



「気をつけてな」




 扇谷の言うとおり、二月も半ばを過ぎるころ、遼が不在のあいだに自宅に来客があったようだった。


 その日、塾を終えて家に帰ると、両親はテーブルにパンフレットをひろげ、とある全寮制の高校への進学を提案してきた。


 偏差値は悪くないし、なにしろ学費がかからないので、とても助かるのだという。


 遼のまんなかの姉が、来年、大学受験を控えていた。



 遼は、受験勉強に疲弊してもいたし、かまわないよ、と答えた。



 それが、神明舎学院だった。

 第一章・完

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