11.
返り血を浴び、肩で息をする遼に、豹は、
(……気分はどうだ)
と尋ねてきた。
混沌とした意識からこぼれてくる鋭利な想いが、表情筋を歪ませるに任せて、
「最悪だよ。
俺の人生、これで終了だ」
と、吐き捨てた。
このままで済むはずがない。
自分は、かならず逮捕される。
遼は、警察のひとに、クミは得体のしれない蟲にのっとられていて、もう助かる見込みがなかった、とけんめいに訴える自分のようすを思い浮かべた。
その想像のなかで、警察のひとは、どこまでも鼻で笑うだけだった。
けれども、あの男は、もうだれもクミのような眼に遇わせることができない。
これで良かったのだろう。
実感が少しずつこみあげてきて、涙がこぼれてきた。
(……案ずるな)
と、晋の武官は言った。
(終わったりしないよ)
事実、槙島遼の人生はそこで終わらなかった。
だからこうして高校に通えている。
全寮制ではあっても、少なくとも塀のなかではない。
しかし、考えれば考えるほど道理に合わないのは確かだった。
クミは明らかに息絶えていたし、遼がクミと並んで歩くさまはあちこちの監視カメラに映っていたはずだ。
ホテルから警察に通報がいったに決まっているし、警察が監視カメラの確認を怠ったとも考えにくい。
深夜の高架下でヒロという男を撲殺し、そこに凶器の金属バットと遺体を放置してきたことも間違いない。
にもかかわらず、自分はこうして逮捕されることもなく高校の寮にいる。
背景になにか
「得体のしれない構造」
があって、それがものごとの流れを歪め、遼をほんらい行き着くべきところから隔てたのだ。
得体のしれない構造、と、遼は口に出して言ってみる。
そこには、なにか現実離れした響きがあった。
その構造について、詳しく知っていそうな友人が、ひとりいる。
いや、彼はまちがいなく知っているはずだった。
その人物は現在のクラスメートでもある。
しかしそれらのことを思い切って聞いてみる気にはならなかった。
彼も、聞かれもしないことを懇切丁寧に説明してくれるような性格ではなかった。
クラスでは割と仲のよい方だったが、その話題は敢えて避けてきた。
ひとつには、もう二度と思い出したくなかったというのがある。
なにしろ胸くその悪い話だった。
あれが丸ごとなにかの間違いであって欲しいという、意識と無意識のはざまを行き来する執拗な思いがあることを、遼は自覚しない訳にはいかなかった。
あの奇妙な体験が、なにかの間違いであれば、クミの身にはなにひとつ取り返しのつかないことなど起こってはおらず、いまごろは幸せで素敵な女子高生として日々を過ごしているはずだ。
それは遼がなににもまして強く願うところだった。
頭では、とても合理的とは呼べないことは分かっていたけれども、その
「得体のしれない構造」
に首を突っ込んだ瞬間、もう二度と後戻りができなくなるような気がして仕方なかった。
要するに、そこに踏み込んでゆく勇気がなかったのだ。
友人のほうも、それを敢えて強いようとはしなかった。
そうして、無駄話ばかりに花を咲かせる、すこし変わった関係が生まれたのだった。




