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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第一章 狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録
11/75

8.

 ……遼はそこで頬を叩いて強くこすり、強制的に回想をやめた。


 その先はトラウマ以外のなにものでもなかった。


 なにが悲しくてあの忌々しい記憶を辿らなきゃならない。


 教科書を詰め終えて鞄の留め金を引っかけ、カーテンを引いて、制服のスラックスをおろしてハンガーにさしこみ、ワイシャツとトランクスを脱いで洗濯かごに放り込み、それから熱いシャワーを浴びた。


 長めの髪に無造作にドライヤーをかけ、厚手のロング・ティーシャツと灰色のハーフ・パンツを身につける。



 テーブルのハンド・グリップを拾い上げて、左手でゆっくりと握る。


 肘から先がダルくて動かなくなるまでくりかえし、右手に持ちかえておなじようにする。


 それから腹筋とスクワットをていねいに一〇〇回ずつ行った。



 ベッドに浅く腰かけて、乱れた息を整える。



 身体を動かすことで紛れていた記憶が、弾む息に巻きとられるようにして戻ってくる。


 そこには有無を言わせないなにかがあった。


 遼はするどく舌打ちをした。……





 気がづくと、クミがソファの隣に座っていた。


 なにひとつ身にまとっていない。


 脚を組んで、遼ごしにミネラル・ウォーターに手をのばし、白い喉を動かしながら、ごくごくと飲み干す。


 それから遼にスタジャンを脱がせ、腕をとって自分の肩にまわるようにした。



 ラブホの安っぽいライトの下でも、微笑むクミはきれいだった。


 身を乗り出して、薄目になり、唇を重ねようとする。……



「待ってくれ」


 と、遼は言った。


「俺たちのペースはすこし速すぎる気がする」



 クミは自分が可愛いということをよく知っている女子に特有の、不思議そうな表情を浮かべて、首をすこし傾けた。



「それに、クミちゃんはさっき、ゴムをごみ箱に放った」



 それがどうしたというように、クミはうなづく。



「そのことが……あとでクミちゃんを傷つけることにならないかって、さ」



「まどろっこしいこと言ってないで、食べちゃいなよ、あたしを」



「そうしたいのはやまやまだけど、……」



 クミは、白けたと言わんばかりの表情を浮かべて、それでもゆっくりと寮の首に腕をまわし、



「どのみちホテル代かかっちゃうよ」



「俺がもつから」



「……アンタさあ、あたしに恥をかかせるつもり?」



 少女は眉のあいだに醜い皺をつくり、それから指先で股間に触れた。



「やせ我慢は身体によくないよ? ね?」



「そのときが来たら、な」


 と、遼は努めておだやかに言った。


「こういうのって、やっぱり違う気がするんだ。


 ……クミちゃんのことは、もっと大切にしたい」



「そういう話は、終わったらたっぷり聞いてあげるから」



 ジーンズのボタンに指がかかる。


 遼はたちあがって、テーブルの向こうがわにまわった。



「こら、まてぇ」



 クミが恍惚の笑みを浮かべて、テーブルに素足を載せた。



 遼はよろけるクミに腕をのばして支え、



「やっと気づいた。


 ……俺、クミちゃんのことが好きだったんだと思う。


 クミちゃんはとても素敵だと思うけど、そういう姿を見ているのは、正直つらい」



「………」



「違ってたらゴメン。


 ただ、俺にこんなことをするくらいだから、きっと他の奴にもしてるんだろうなって、どうしても想像しちゃうんだよ。


 独占したいっていうんじゃないんだ。


 そのことでクミちゃんがひどい目に遇ったりしていないか、心配なんだ」



 ピントがズレてるかもしれないけど、もし力になれることがあったら、言ってくれないか。


 遼はクミの瞳をまっすぐに見つめてそう伝えた。


 するとクミの表情から恍惚の気配がすっと消えて、遼のよく知っている女の子の双眸があらわれた。



 涙がこぼれて、白い頬をつたう。



「お願いがあるの……」



 遼はその涙を見つめながら、はじめて言葉が通じた気がした。



「なんでも言って。


 できるかぎりのことをしてあげたい」

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