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9. 対価②

 ここ最近の魔女たちの働き方は異常だ。

 その中でもソフィーは特に酷い。大魔女として多くを背負いすぎている。

 娘のようなソフィーの疲れ切った顔を見ると、ラーシュはもどかしくて堪らなくなる。


(それなのに、ほかの魔女たちの心配ばかりして。ああ、私が手助けしてあげることができたら、どんなによかったでしょうか……)


 しかし、ラーシュは使い魔の契約をしてしまっている。

 人間界で使い魔をしている今は、主人であるソフィー以上の魔力を使用できないように制限がかかるのだ。

 とはいえ、使い魔になっていなければ、そもそも人間界に来ることすら叶わなかったのだ。

 それならば、使い魔としてできることは何だってしてやりたいと思うのが、せめてもの親心というものだ。


「ラーシュ、この手紙を国王陛下に急ぎで届けてほしいの。国王陛下、分かる?」


 しかし、これには困ってしまった。


(国王陛下……ってどこにいるんでしょう?)


 魔力が制限されている状態では、知らない人間のところへは行きようがない。


「サンディのこと、覚えてる?」


 その名前を聞くのは本当に久し振りだった。

 それでも思い出せた。領主の息子だ。

 心根は優しかった。それは認める。

 けれど、それゆえ周りに強くも出られない男だった。

 あれが国王になっていたとは驚きだ。


(今さらあの男に何の用があるというんですか……)


 ラーシュは訝しんだが、今や国王なのだと思い直した。

 呼ばれてお使いを頼まれるだけの身では繁忙の詳細までは分からないが、どうやら王都で配るための薬を王命で作っているらしかった。

 それなら、この手紙を届けることがソフィーたちの状況を好転させる手助けになるかもしれない。


(普段であれば、お使いの途中に少しだけ寄り道して、人間界を見て回るところですが……)


 寄り道するのは、お使い業務のあとでは人間界を物見遊山することができないからだ。

 ソフィーから頼まれた仕事を終えると、毎度強制的に魔界に戻らされてしまう。

 魔族と人間では属している世界が異なるという基本原則は、魔法の契約下においてしか曲げることができない仕組みになっているらしい。


(少し残念な気はしますが、今回は指示通り、急ぎで配達するべきですね。魔王様も不貞腐れていたことですし、丁度いいです。早く終わらせて、魔王様の機嫌を取ることにしましょう)


 手紙をくわえると、翼を広げた。


(サンディ……20年振りでしょうか。こっちの方角のようですね)


 ラーシュは、一度会ったことのある者の気配は忘れない。すぐに辿ることができた。

 これは強い魔力が必要な芸当でもなく、魔王城で侍従長をしている者の特技のようなものだった。


 使えるだけの魔法を使って速力を上げていたお陰で、しばらく飛んでいるうちに王都が見えてきた。

 疫病のせいなのか、初めて見る王都に活気はなかった。


(これならノールブルク領の中央街のほうが、規模はずいぶんと劣るものの、よほど栄えているではないですか)


 その王都の中心にある優美な王宮は、もの悲しさすら感じさせる。


 ラーシュは、国王が中庭に出ている隙を見計らって手紙を突き出した。

 国王は目を見開き、そして固まってしまった。


「あ……まさか……」


(久しぶりの再会とはいえ、いささか失礼じゃありませんか? 私のことを覚えていないわけではないですよね?)


 それどころか、せっかく手紙を届けにきてやったにも拘らず、護衛が槍で突いてこようとした。

 ちょっとした雷を落としてやろうかとも思ったけれど、国王が慌てて制止したので、ラーシュのほうも思い止まってやった。

 国王はようやく手紙を受け取った。

 今回頼まれたのは手紙の配達だけだから、これにてお使いは終了だ。


 ラーシュは全身が透け始める前に、国王の前から飛び去った。

 必要もないのに、人間界と魔界とを越境して移動する現場は見せないように心がけている。見せるのは、ここぞというときだけだ。要するに、そのときにより効果的に見えるよう、出し惜しみしているというわけだ。


(初めて王都と王宮も見ることもできましたし、今回はこれでよしとしましょう)



 そうして待っていると、ラーシュは魔王城を出たときと同じ場所に戻された。

 ラーシュは変化(へんげ)を解いたと同時に、魔王もまたラーシュが出発したときと同じように、玉座に座ったままなことに気がついた。

 その表情はいつもと違って読めない。

 むくれているのとも違う。まるで物思いにふけってでもいるような……


「魔王様?」


「ん? ああ……」


「ただいま戻りました」


「ああ」


「どうかされましたか?」


「『どうか』とは?」


「心ここにあらずといった感じですが?」


 こんな魔王は侍従長でも見たことがない。


「……そうか。で、人間界はどうだった?」


「手紙の配達をしただけですよ」


「配達……それはまた色々な物を見られて楽しかったんだろうな」


(やはりおかしい……)


 これがいつもなら、置いていかれたことを拗ねながらも、話は聞きたくてウズウズするはずだ。

 それが今はどうだ。

 興味はないが一応聞いてみた、といった様子だ。

 魔王は演技ができるような器用さを持ち合わせてはいない。


「国王の住む王宮という場所まで行ったんですが……」


「王宮!? それで誰と会った?」


 魔王が目を見開いた。


(おおっ、反応しましたね! ここはひとつ、自慢話にならない程度に話をしなくては……)


「もちろん国王ですよ」


「国王……国王の家族は?」


「見かけませんでした。ずいぶんと広かったですし……あっ、魔王城に比べれば狭いんですよ」


 魔王は『当たり前だろう』と鼻白んだ。


(せっかく魔王様が興味を示してくれたのに、機嫌を取るのに失敗してしまったようですね……)


 侍従長は話題を逸らす作戦に出ることにした。


「あー、人間界といえば、そろそろ人間から何か依頼があってもいい頃かもしれませんね」


 魔王にとって、それは人間との唯一のつながりだ。

 しかし、最近ではそれが途絶えていた。


「どうだろうな。もう来ない気もする……」


 にも拘わらず、魔王はどうでもよさそうに言った。

 恐らく期待しないようにしているのだろう。


「……魔王様がいけなかったんですよ」


「あんな願い事をされたら仕方ないだろ。『隣国との戦争に勝ちたい』などと……魔王が人間界の覇権に関与したりは絶対にしない。かといって断ったりしたら、できないんだと思われて僕の沽券に関わる」


 だから戦争での勝利と引き換えに、『お前ら王族の首を差し出せ』と要求したのだった。

 拒否することは容易に想像ができた。

 案の定、交渉は成立しなかった。

 魔王は予想通りの展開にほっとしていた。


 ところが、予想以上のことまで起きた。

 人間界で『魔王が残虐な対価を要求してきた』という悪評が広まってしまったのだった。

 まさか自身が笑い者にされそうな話を吹聴して回るとは想像できなかった。まあ、吹聴したのは本人ではなく、臣下の者かもしれないが。

 兎にも角にもそれ以来、魔王は暇を弄ぶことになってしまった。


「次にまた依頼が来たときには、対価をどうするか慎重に考えましょう」


「ああ、もし来たらな」


 魔王は投げやりに答えた。


「退屈しているのでしたら、またパーティーでも開きましょうか? 人間に頼らずとも、魔界で楽しいことがあればいいんですよ」


「またそれか……」


 そう言って、魔王は眉根を寄せた。


「そうです、婚活パーティーです。魔王様が妃をお迎えになるまでは、私は諦めません」


 うんざりしている様子だが、ここで引き下がるわけにはいかない。


「だけど、魔族全員が僕にとっては家族みたいなもんなんだよ。姉や妹と結婚なんてできないだろ」


「それでも、結婚してもいいと思う者がひとりくらいはいませんか?」


「いないよ」


「本当に? 誰でもいいとしたら?」


「…………」


 侍従長は驚きまくった。


(これは、誰かを思い浮かべてるに違いない!)


「誰なんです?」


「だ、誰とは?」


「今頭に浮かんだのは」


「誰でもないよ!」


 ぷいっと横を向いた魔王は、口を結んでしかめっ面をした。

 動揺を隠すためであろうことは侍従長にはわかっていた。


(ここで焦って聞き出そうとするのは悪手でしょうね)


 しかし侍従長が何もしないと、何も進展しない可能性が極めて高いと思われた。

 そのくらい魔王は恋愛と無縁なのだ。

 やはりパーティーは開こうと決めた。それも大規模に!


(広く招待しなくては。それで魔王様をよくよく観察して、お相手を突き止めて……)


 こうしてはいられなかった。さっそく準備を始めなければならない……


「おおっ?」


 こんなときだというのに、聞こえてきてしまった。

 しかも無視のできないほど緊迫した声で『ラーシュ!』と。

 侍従長は遠慮がちに主君の顔色を窺った。


「その……さっき戻ってきたばかりで申し訳ないですが、もう1度人間界に行ってまいります。どうも緊急なようですので……」


 依然として覇気のない魔王は『ああ、うん、行ってこれば?』と答えた。


(有り難いといえば有り難いですが、本当にどうしてしまったのか……)


 侍従長は魔王に向かって一礼した。

 顔を上げたときにはカラスの姿になっていた。



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