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7. 王命⑥

 乱暴に引っ張られ、イーダは地面に膝をついた。

 それども、男は力を緩めようとせず、イーダはなおも引っ張られ続けた。


「痛ったあ!」


 イーダは顔をしかめた。

 両膝からは血がにじみ出ていた。


「身代わりが怪我をしているのはマズいか……おい、魔女なら魔法で治癒しておけ。ああ……」


 男は鼻で笑って、侮蔑の視線をイーダに投げつけた。


「そんな芸当は無理だったか。斑紋死病もろくに治癒できないんだからな」


 斑紋死病を退治するのとは違って、怪我を治すのは簡単なことだ。それも皮膚表面だけでいいのなら、手をかざして呪文を唱えれば一瞬だ。


(見せつけるために今男の目の前で治したほうがいい? それとも、怪我をしたままにしておいて困らせたほうがいい……?)


 イーダが考えあぐねていると、その間にあっさりと言い捨てられてしまった。


「ならそのままで構わない。膝ならどうせ見えないだろうしな」


 イーダは胸のうちで舌打ちした。


「待ってください!」


 ソフィーが列から飛び出した。

 しかし、男の周囲にいた兵たちがソフィーに槍先を向け、ソフィーがそれ以上近づくのを阻んだ。


「彼女をどうするつもりですか?」


「王命だ。『魔女の集落から第一王女殿下の身代わりになる者を出せ』と」


(第一王女殿下って、名前は確かオリーヴィア様だっけ……)


 そのオリーヴィア様が17歳ということなのだろう。


「たいした魔法は使えない魔女とはいえ、髪と目の色ぐらいは変えられるか?」


 相も変わらず馬鹿にしたように言う。

 男はイーダを無遠慮にじろじろと見た。


「目は……お前もヘーゼルなのか。まあ、珍しくはない色だからな。なら、髪だけでいい。プラチナブロンドに変えろ」


(この自慢の髪色を『変えろ』なんて、よくも簡単に命令してくれる!)


 けれど好機でもあった。


「それなら時間をください。髪の色を変えるには染料が必要です」


 本当は髪の色は変えずとも、魔法を使って見た者の目に錯覚を起こさせ、あたかも違う色のように見せることが可能だ。

 しかし、それが魔王にも通用するかどうかは、はっきりいって自信がない。

 髪の色を変えてしまうほうが無難だ。

 それとそれ以上にイーダは時間稼ぎをして、ソフィーたちと話がしたかった。


「だったら、ウィッグを被らせればいいだけのこと!」


(ああ、ダメか……)


「王女殿下と色が異なるのが目ではなく髪だったのは幸いだ。こうしている間にも疫病は広がっているからな」


 男はイーダの腕を引っ張り上げた。


(だから、痛い、痛いってば! 『立て』と言われれば自分で立てるのに!)


 ソフィーが叫ぶようにして聞いた。


「それで彼女に王女殿下の身代わりをさせて、どうするつもりなのですか?」


「魔王に嫁がせる!」


 魔女たちの顔から血の気が引いた。

 子どもは泣き出した。


「それが魔王の要求してきた対価だというのですか?」


「そうだ。身代わりだとバレることなく、斑紋死病の特効薬を魔王に作らせろ」


「魔王を欺こうなどと無謀です。第一王女殿下ご自身が嫁がれるべきです!」


「王女殿下は現在斑紋死病に侵され、臥せっておられる。魔王に嫁げるような状態ではない」


「だからといって、どうして魔女なのですか?」


 それはイーダも疑問だった。


(斑紋死病の薬を一生懸命作らされたのに、それが不十分だったから、それに対する罰を与えようって考えなの?)


「髪の色を揃えたところで、平民に高貴な王女殿下の身代わりが務まるとは思えません」


「魔王相手だ。魔女なら一般人よりは上手くやれるだろうというご判断だ」


「そんな……」


 ソフィーは絶句した。

 イーダのほうは眩暈を覚えた。


(魔女のことを散々馬鹿にしておいて、その無茶苦茶なミッションは何なの? 魔女ごときが魔王を騙せるって、この男も国王陛下も本気で思ってるの?)


「『できない』というのなら、この集落を焼き払う!」


 男が大声でそう言うと、集落を取り囲んでいる兵たちが誇示するように松明を掲げ、火矢を向けてきた。


(そういう脅しをするの……こともあろうに王宮軍が……)


 イーダに選択権はなかった。


「そこの馬車に乗れ」


 男が顎で指した馬車の荷台はホロで覆われていて、外からは中の様子が見えないようになっていた。

 中に押し込まれて、イーダはギョッとした。

 罪人を乗せる檻車なのだろうか。鉄格子で囲われている。


(箒に乗って逃げられないようにするためなのは分かるけど、だからって……これじゃ罪人と扱いが変わらないじゃない!)


「相手が魔王とはいえ、孤児が王妃になれるんだ。名誉に思え」


(だったら、女装して自分が嫁ぎなさいよ! そのための魔法ならいくらでもかけてあげるから!)


 お別れを言う時間など与えてもらえなかった。

 ホロのせいでみんなの顔を拝むことすらできない。

 無情にも発車した馬車の中で、イーダはみんなが自分の名前を泣き叫ぶのを聞いた。

 それはイーダの虚ろな心によく響いた。



第1章が終わりました。

次回から第2章に入ります。

引き続きお付き合い、よろしくお願いいたします。

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