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4. 王命③

 当時抱いた負の感情まで蘇ってきそうなところを、ソフィーは寸前でどうにか退けた。

 平静を装って、受け取った封書を開けた。


「何て書いてあるの?」


 王宮からそれを持ち帰ってきた当人である魔女は、心配そうに尋ねた。

 とんでもない内容だったら……と気が気でないのだろう。

 ざっと目を通した。

 型通りの挨拶文とそれから……


「私に『直接会って、至急で依頼したいことがある』んですって。要するに王宮に呼び出しってこと」


 娘たちの顔が一斉に曇る。


「『薬の量を倍増せよ!』とかって命じられるんじゃないの?」


 ソフィーは苦笑した。


「それはないと思うわ。これ以上の増産ができないのは、向こうにも伝わってるはずよ。無視するわけにもいかないから、とりあえず行って話だけでも聞いてくるわね。大丈夫、もしものときには『無理なものは無理』って、はっきり断ってくるから」


(出向く前に、国王陛下へ返事を送っておいたほうがいいかしら……)


「ラーシュ、今来られる? お願いしたいことがあるの」


 ソフィーは、自分が『ラーシュ』と名付けた使い魔を呼んだ。

 いくら呼んでも姿を見せないこともあるというのに、どうやら今日は運がいいらしい。

 暇で退屈していたのか、真っ黒なカラスがどこかから飛んでくるでもなく、窓の桟に止まっていた。


「ラーシュ、この手紙を国王陛下に急ぎで届けてほしいの。国王陛下、分かる?」


 ラーシュは首を傾げた。


(そっか、ラーシュは知らないのね)


 ソフィーは小さく息を吐いたあと、娘たちに聞こえないようにこっそり『サンディのこと、覚えてる?』と聞いた。


(『サンディ』と口にするのは何年振りだろう? 20年……は経ってないか……)


 それでも20年弱、ほぼ20年振りだった。

 にも拘らず、その呼び名はソフィーの口からするっと出てきた。

 ラーシュは頷くと、くちばしで手紙を挟み、すぐさま飛び立っていった。

 本当に賢いカラスだと、ソフィーはいつものことながら感心した。


(さてと、私も出発の準備をしよう)


 ソフィーはひとりでも運べるだけの薬を運搬用の密閉瓶に詰め、箒に縄で括りつけた。

 それから外出用のローブを羽織り、魔女たちに声をかけた。


「留守中はくれぐれもよろしくね。何かあったら、大ばばにでも相談してくれる?」


 大ばばとは前・大魔女のことだ。

 魔力こそすっかり衰えたものの、知恵と経験においては誰よりも頼れる存在である。

 妹や娘たちは心細そうな顔をしながらも、しっかり頷いてくれた。


(この中で一番不安になってるのは私かもしれない……)


 ソフィーは自嘲気味にこっそり笑った。


「それじゃあ、王宮に行ってくるわ」


 箒にまたがって深く息を吐いたあと、一気に浮上し加速した。


(サンディは大魔女が私だってこと、知ってるのかしらね……)



 全く気の進まない半日の小旅行を終え、王宮に到着したときにはどっぷりと日が暮れていた。

 初めて訪れた王宮。それでもバルコニーはすぐに分かった。


(娘は何て言ってた? 確か『薬瓶はバルコニーの左端に置くことになってる』って……でも、『左端』って、どっちから見て左のこと?)


 一瞬迷ったけれど、バルコニーの向かって左側に人がいるのが見えた。少し離れて、その人物を囲むように護衛らしき騎士が立っているのも。

 ラーシュが返事の手紙を国王にきちんと届けてくれたことが分かった。

 上空からその方角へ向かう。


 窓から漏れる光に照らされた顔を見て、老けたなとソフィーは思った。それとお腹周りにもずいぶんと貫禄がついて、重そうになった。

 けれど、お互い様だ。

 ソフィーだってお腹こそ出ていないものの、40代に差し掛かったここ数年で、髪には若い頃のような艶はなくなり、白いものもずいぶんと混じるようになった。


 魔女なのだから、髪用の美容液ぐらい簡単に作れるし、毛染めだって可能だ。

 けれど綺麗になって見せたい相手がいるわけでもない。

 それに大魔女という立場上、老けて見えることはプラスに働くことだってある。

 だから放ったらかしにしていた。

 しかし、そのことを今だけ後悔した。

 惨めな生活を送っているように見えでもしたら……と思ったのだ。


(だけど、ここ1ヶ月の激務を訴えるにはちょうどいいのかもしれない……)


 気を取り直したソフィーが高度を下げていくと、国王陛下は目を見開いた。どうやら箒に乗っているのがソフィーだということに気づいたらしい。


「君が大魔女……?」


 外見こそ変わったものの、紛れもなくサンディだ……とソフィーは思った。

 ここまで飛んでくるまでの間に、再会のシーンを幾通りも想像した。

 心の準備ができていたソフィーとは対照的に、国王は狼狽している。


「そうです」


「あのカラスは……そういうことだったのか」


 国王は何か合点がいったらしい。


「失礼は承知ですが、話をする前に薬瓶を下ろさせてください。胡散臭い魔女が手ぶらで王宮へ来てはいけないと思い持ってきたのですが、ものすごく重いので」


「あっ、も、もちろん。配慮に感謝する」


(配慮ではなく、当てこすりだったんだけど?)


 ソフィーはゆっくりと垂直に下り、薬瓶の底がバルコニーに接したところでロープを解いた。


「感染防止のために、このままで構わないでしょうか? それとも私もバルコニーに下りましょうか?」


「いやっ、いい……そのままで……」


(何をそんなに驚いてるのかしらね……ほぼ1日おきに薬の配達に来てるはずだけど、まさか国王陛下は魔女が空を飛ぶところを見たことがないとでもいうの?)


 そこまで考えたところでソフィーは気がついた。

 国王が見たことがなかったのは、自分が空を飛ぶところだったということに。


「それで、私に直接頼みたいこととは何でしょうか?」


「あっ、ああ! その、親書の配達を……頼みたいのだ」


「どうしてそのような業務を、わざわざ魔女に依頼するのでしょうか?」


(それも大魔女を呼び出して……)


 臣下には頼めないような危険な場所にでも届けさせるつもりなのだろうか。

 国王相手にも、ソフィーはつい不機嫌な声になってしまった。


「それが、魔王宛て……なのだ」


「魔王! それは……」


 確かに魔女に頼むしか、というか正確には魔女の使い魔に頼むしかない。


「大魔女殿を始めノールブルク領の魔女の皆には尽力してもらっているが、斑紋死病の感染は広がる一方だ」


(だから魔王に……というわけね)


 この世界とは違う世界に住んでいるといわれている魔王。

 魔女の使い魔だけが、魔王とコンタクトを取るための唯一の手段だ。

 しかし、使い魔ならどれでもいいというわけでもない。とりわけ賢い使い魔だけが魔王との連絡係を果たせる。


(それで、わざわざ大魔女を指名して呼び出したってこと……)


 魔王に親書を届けられる使い魔と契約している可能性が最も高い魔女だから。

 ソフィーはこれまでラーシュにも、ラーシュ以外の使い魔にも、魔王へのお使いを頼んだ経験はない。

 それでも、ラーシュならできるだろうという確信がある。

 ラーシュがほかの使い魔とは何かが決定的に違うことは知っていた。


「斑紋死病の特効薬を作ってくれるようにお願いしたいと思っている」


 娘たちの寝不足な顔が脳裏に浮かんだ。

 断る理由はどこにも見当たらない。むしろ願ったりだ。


「それと、この件はまだ内密にしておいてほしい。交渉が成立するかは不透明だから……」


 魔王に何かを願うと、魔王はそれに見合った対価を要求してくる。その対価さえ払えるならば、願い事は必ず叶えられる。

 しかし、対価は魔王の気まぐれで決まるともいわれている。

 魔王に一旦お願いしておいて、対価が惜しくて諦めたとなったら、王都民は許さないだろう。


(大魔女を呼び出した理由はここにもあったんだ……)


 ソフィーは苦笑いした。


(サンディにこういう小心なところがあるのは知っていたじゃない……)


「ラーシュ!」


 ラーシュはやりとりを聞いていたのだろう。どこかから飛んでくると、迷うことなく国王が手に持っていた親書をくちばしで挟んだ。


「このカラスは大魔女殿の使い魔なんだね?」


(今さら何を……でも、やはりサンディはラーシュのことを、手紙の配達をしてくれるカラスとしか認識してなかったということね)


「魔王に届けてくれる? それで返事をもらってきてほしいの」


 ラーシュは頷く。


「魔王から返事をもらったら、私ではなく直接国王陛下に届けて。陛下、それでいいですよね?」


「あ、ああ、構わない」


 ラーシュはそれだけ聞くと消えてしまった。

 国王と、後ろにいた騎士たちは息を飲んだ。

 平然としているように見せていたが、実のところソフィーもこれには驚いていた。


(魔王がラーシュを自分の居場所に転送させた……とか?)


 たぶんそうなのだろう。


「それでは、私もこれにて失礼します」


 長居はしたくなかった。

 これ以上差し向かいで話していると、余計なことまで思い出してしまう。

 ソフィーは急上昇してその場から逃げた。



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