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3. 王命②

 約20年前、斑紋死病によってマルスドッテル王国の王都は崩壊した。

 ソフィーはあのときのことを未だによく憶えていた。

 王都の機能が麻痺してしまったせいで、斑紋死病とは無関係だったはずの地方にまでその影響は及んだ。


 20年かかって、ようやく王国が立ち直った。

 だというのに、その矢先にまた斑紋死病だ。

 だから、ソフィーも24時間体制で薬を作ること自体は納得することができた。

 けれど、何でもかんでも許容できるというわけではない。仕方ないと割り切れないこともあるのだった。


(製造した薬は、本来であればノールブルク領主の邸宅まで配達すればいいはずだったのに……)


 そうすれば、王宮までは領主が届けてくれることになっていたのだ。

 そもそも魔女の集落を王室の直轄領ではなくノールブルク領に置いているのだって、王家が魔女を抱え込んでいることを隠すためだ。

 王家からの依頼も、ノールブルク領主経由でしか来た試しがない。

 となれば当然、怪しい魔女が王宮に侵入するようなことがあってはならない。


 ところがだ。

 斑紋死病の感染を地方に広めないために、王都からの人の出入りを制限することが決まった。

 その結果、胡散臭いはずの魔女が堂々と王宮の敷地内に入り、指定されている最上階のバルコニーまで薬を届ける羽目になってしまった。


 『上空を移動し、上空から薬を下ろすだけなら感染しないだろう』と。


(気楽に言ってくれる)


 ソフィーはこのことを苦々しく思っている。

 魔女にその権利を“与えてやった”ぐらいのつもりなのかもしれない。

 しかし、本当に感染しない保証なんてない。疫病がどこを浮遊しているかなど、誰にも確認できやしないのだから。


 それと、この集落から王宮まで全速力で飛んだとしても、半日はかかってしまう。

 大切な薬を運んでいる途中では、長い休憩も取れない。

 これがどれだけツラいことか。

 飛べない者に想像できないのは無理もないことだ。

 けれど、それなら確認くらいしてちょうだいよ、と思うのだ。


(それとも魔女なんぞ酷使したって構わないと思っているのか……)


 そう考えると、ますます腹が立ってくる。

 そうして配達を済ませると、魔女たちはまた真っすぐに帰ってくる。

 万一にも斑紋死病が付着していたら……と考えると、どこか適当な町に寄って休憩してから帰ってくることもできないのだ。

 配達チームのメンバーは、毎回集落までたどり着くと、次の配達まで倒れるようにして眠っている。


(大魔女として、娘同然の子たちにそんな大変な仕事を頼まないといけないなんて……)


 ソフィーはこのことが口惜しかった。


 ソフィーは集落の代表である“大魔女”を務めている。

 魔女にとって名前というのは、重要も重要だ。魔法での契約に使われるため、固有名詞以上の意味合いをもつ。

 悪用されないよう秘匿にしていて、家族同然に暮らしている集落の魔女同士にしか名前は知らせないようにしている。

 だから、集落外の者たちは魔女のことを『魔女さん』、『魔女様』、あるいは『魔女殿』などと呼ぶ。

 その中で、ソフィーだけが唯一『大魔女』と呼ばれているのだ。


 せめてと思い、配達チームには体力があって飛行が得意なことはもちろんだが、さらに飛行が好きな子たちを選抜した。


「私は薬を混ぜてるより、箒で飛んでるほうがいいから」


 そう言って、どの子も笑顔で引き受けてくれた。

 それでも疲労の色は日に日に濃くなっている。限界は近い。

 しかし、それは他の魔女たちも同じだった。

 ソフィーだってもちろんそうだ。


(メンバーを交替することもできない……)


 この小さな集落には19人の魔女しかいない。

 しかもそのうちの3人は年配者だ。

 加齢とともに魔力は衰えていく。

 それに何より、ばばたちに長時間の立ち仕事をさせたら、たちまち体を壊してしまうだろう。


 だから、ばばたちには当初、全員分の食事の用意と子ども4人の面倒をお願いした。

 けれど見兼ねたばばたちは、最近では領民から頼まれた分の仕事まで請け負ってくれている。

 領内では魔女という存在が受け入れられていて、共存できている。

 ぎっくり腰がどうだの、接近している嵐による農作物被害を最小限にしてほしいだのと、日々依頼が舞い込んでくるのだ。


 そして、ばばと子どもたちを除いた、残りの12人で王命に対応している。

 内訳は、薬の配達チームが3人に、材料の調達及び製造チームが9人だ。


 ソフィーはとっくに気づいていた。


(このままではこの集落も、王都と共倒れしてしまう)


 たったこれだけの人数で王都中に配布する薬を製造し、さらに配達までこなすなんて、土台無理な話だったのだ。


(大魔女である私から嘆願すればいいのだろうか? 『限界です、せめて薬の製造量を減らさせてください』と?)


 けれど、もしその要望が通ったとして、そのとき王都民はどうなってしまうのか……

 それもまた分かりきっていた。


(なら、このまま共倒れするのか……)


 ソフィーは鍋をぐるぐるかき混ぜていると、自分の思考まで一緒になってぐるぐると回るような気がした。

 こんな状況だというのに、ソフィーの隣では能天気なイーダが使い魔との契約を夢見て張り切っていた。


(妹も娘も……みんないい子たちばかりだ)


 そのことが余計に胸を締め付ける。


(ちょっとぐらい弱音を吐くとかしてくれたっていいのに……)


 そういえば……とソフィーは思い出した。


「薬の配達に行った子がそろそろ戻ってきてもいいはずなんだけど……」


 窓の外を覗いてみると、ちょうど空に箒が3本ほど浮かんで見えた。


 ドアが開くのを待って、帰ってきた娘たちに声をかけた。


「ご苦労様でした。疲れたでしょう。さあ、ばばたちが作ってくれた滋養スープを飲んで、しっかり休んでちょうだい」


「ソフィー母さん、」


「どうしたの? 何かあった?」


「これ……」


 配達チームの中で最年長の魔女が、ソフィーに封書を差し出してきた。


「薬を届けに行ったら、いかにも偉そう感じの人たちが私たちのことを待ち構えてて。それで、これを『大魔女殿に渡してほしい』って」


 蝋で封がされていて、それに捺されていたのは紛れもなく玉璽だった。


(国王陛下から? 直接魔女に?)


 ソフィーは動悸を鎮めたくて、目を閉じゆっくり息を吸って吐いた。

 まぶたの裏に国王陛下の顔を浮かんでくる。

 といっても、ソフィーが知る若い頃の顔だったけれど。



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