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2. 王命①

 この集落に住む魔女たちにとって、最も重要な場所である平屋の建物──

 共有の台所であり、調合室でもある。

 そこでは現在魔女たちが交替で火の番をして、横一列に並べた6つの大きな鍋をかき混ぜ続けていた。


「うあー、朝日がまぶしい。もう限界なんだけど。この苦行はあと何日続くの?」


 目の下にくっきりと隈をつくっている魔女がボヤいた。

 この魔女だけが住む集落は、マルスドッテル王国ノールブルク領にある。


「私が代わるから少し寝ておいでよ」


 イーダは食事中だったものの、自身にとって姉のような存在であるその魔女にそう言った。


「イーダだって、さっきまで薬の材料を調達しに森に行ってたじゃない。疲れてるんじゃない?」


「でも今寝たら胃がもたれそうだから、何かして起きてたほうがいいと思う」


 イーダはスープボウルを両手で持ち上げえると、それをがぶ飲みした。


 マルスドッテル王家の傍系にあたるノールブルク家の領地に、“魔女を保護する”という名目でこの集落を作られたのには理由がある。

 端的にいえば、魔女には利用価値がある。

 けれども、怪しげな魔女たちを王家が直接保護するとなると外聞が悪い。

 そこで王家の直轄地ではなく傍系のノールブルク領で、というわけだ。


 王家の直轄地やノールブルク領内で、もしかして……という女児の捨て子や孤児がいたときには、孤児院に入所させる前にこの集落に連絡が入ることになっている。

 その子が泣くと小動物が集まってくるだとか、家具が揺れるだとか、そういった説明のつかない現象が起こることが稀にあるのだ。


 魔女かどうかは、魔女にはひと目で判別できる。

 だから、この集落の誰かが面会に行き、魔女なら即座に引き取って、連れ帰ってくる。

 そうすることで、親無しな上に魔女であっても、迫害(下手すると魔女狩り!)をされることもなく、仲間と平和に暮らすことができるのだ。

 魔女たちはこのことを、普段なら非常に有難いことだと思っている。そう、普段なら!


 現在、王都では致死率の高い感染症が猛威を奮っている。

 感染すると、始めに黒い斑紋が胸から首にかけて出現し、数日もすれば高熱と嘔吐に苦しむようになる。食事どころか水分すらまともに取れない。あっという間に衰弱して死に至る。

 初期症状として現れる黒い斑紋から、この疫病は“斑紋死病”と呼ばれている。


 人口密度が高い王都でひとり感染者が発見されたときには、すでに感染は広がったあとだった。

 そして、王都の医療機関はまたたく間に感染者で溢れかえった。


 そこで現在、この集落では国王陛下の命により薬を作っている真っ最中というわけだ。

 休みなく働いて、すでに1ヶ月が経とうとしている。

 しかし感染者は増える一方で、薬は不足状態が続いているという。


 そもそも魔女の作る薬は特効薬ではない。

 斑紋死病を退治する薬を作れないわけではない。

 しかし病を退治しようとすると、病に侵されている内臓器官まで完全に破壊してしまうのだ。

 だから高熱と嘔吐の症状を抑えつつ、患者自身に免疫をつけさせる薬を作るしかない。


 斑紋が消えるまでの約1週間、薬を飲み続けなければならないが、その間にも他人に伝染(うつ)してしまうし、子どもや老人は回復が間に合わず亡くなってしまうことだってある。

 それでも悲しいかな、この薬以上に効果のある治療方法はなく、この薬を作れるだけ作るほかに手立てがないのが現状だ。


「それじゃ、お願いしていい?」


「もちろん」


 木べらを受け取ったイーダは、鍋からむわっと上がってきた蒸気を吸い込んでしまい、ケホケホと咳きこんだ。


「くっさー」


「でも、この強烈なにおいになったってことは完成間近なんだから」


「そうだね。それにしても本当に強烈……」


 完成したらこのにおいは魔法をかけて誤魔化すが、製造中の今はそれができない。余計な魔法をかけると狙い通りの効果が出なくなるのだ。

 イーダは代わりに自分の鼻を麻痺させる魔法をかけた。

 ついでに、自慢の腰まで届くネイビーブルーの髪も魔法で束ねた。


(準備はできた。さーて、がんばりますか)


 もうひとつ自慢の瞳で鍋を覗き込んだ。

 この王国では珍しくないヘーゼル色だが、町に出かけると『綺麗な瞳のお嬢さん』と男性からよく声をかけられる。

 鍋の中で煮詰まった薬はどろっとしていて、かき混ぜるのが大変になっていた。

 小柄なイーダには少々ツラいけれど、腰にぐっと力を入れて、長くて重い木べらを両手でゆっくりとかき混ぜ始めた。


 隣ではソフィーが別の鍋を同じようにかき混ぜていた。

 イーダはソフィーに声をかけた。


「ねえ、ソフィー母さん?」


 鍋を混ぜているメンバーの中に、シリエ母さんとノラ母さんもいたから、『母さん』ではなく『ソフィー母さん』と呼んだ。

 もちろん誰とも血のつながりはない。


 この集落では、子どもを引き取ってきた魔女が“その子どもの母親代わりをする”という決まりになっている。

 そして、イーダの育ての母は一応ソフィーということになっている。

 孤児院から要請を受けて、まだ赤子だったイーダに会いに行き、引き取ってきたのがソフィーだったそうだ。


 とはいえ、小さな集落だ。集団保育で育ったイーダは、どの母さんも自分の母親だと思っている。

 それゆえに、イーダが『母さん』と呼ぶ魔女はこの場に3人もいるのだ。

 ちなみに、薬を作っているメンバーの中でイーダは最年少で、母さんのほかは『姉さん』たちだ。


 ソフィーは『痛たた……』と背中を反らしながら、顔をイーダに向けた


「呼んだ?」


「うん。聞きたいんだけど、前に斑紋死病が流行したときも、こんなふうに薬を作ったの?」


 以前に斑紋死病が王都で流行ったのは、イーダが生まれる前のことだ。だからイーダは、その当時のことを知らない。


「あのときは作ってないわ」


「どうして?」


「だって、依頼がなかったもの。この領を出てしまえば、魔女なんて胡散臭い存在だと思われてるし、実際そう扱われるんだから。あの当時は領主様ならともかく、王室からの依頼なんて、それこそ魔女にしか頼めないような胡散臭い内容ばかりだったのよ」


 イーダは『ああ』と笑った。


「『嘘をつけなくする薬を作れ』とか?」


 ソフィーもそれに応えて苦笑いした。


「そうそう。『式典の日は雨が降らないようにしろ』とか……ああ、『3日間だけ仮死状態にしろ』ってのもあったわね。何のためかは教えてもらってないけど」


(そういう依頼をしてくる王族こそ胡散臭いのにな……)


 そう思ったとき、イーダは不思議になった。


「だったらどうして今回はまともな薬の発注が来たんだろ? しかもこんなに大量に……」


 ソフィーは肩をすくめた。


「前回流行ったときには王都の人口が半減したっていうから、」


 『半減』という言葉にイーダはぎょっとしたが、ソフィーは続けた。


「その反省も踏まえて国王陛下も必死なんでしょうね。それに……まあ、今の国王陛下は魔女のことも多少は信用してくれてるのかもね。何せノールブルク領出身だから」


「えーっ、そうだったの?」


「前回斑紋死病が流行ったときに、王族もずいぶんと亡くなったのよ。それで傍系のノールブルク家から養子に出されたの」


「へえー、全然知らなかった」


 ソフィーは自分の鍋を混ぜながら、イーダの鍋を覗き込んだ。


「それよりそっちの鍋、もういいんじゃないの? ほら、余計なおしゃべりしてるから……」


 ソフィーの言った通りだった。鍋の中では薬が完成していた。


「ごめんなさーい」


「その鍋を火から下ろして、次の鍋の準備に取り掛かってくれる? どんどん作っていかないといけないから」


「はーい」


 イーダは呪文を唱えて、出来上がったばかりの鍋を自然冷却されるために移動させ、次の鍋の準備に取り掛かった。

 ソフィーは、イーダが手際よく作業するその様子を目を細めながら眺めた。


「でも……イーダもそろそろ一人前ね」


 その言葉にイーダは目を見開いた。


「なら、使い魔は? 私の使い魔になってくれる子を召喚して契約してもいい?」


「そうねえ。斑紋死病が収まったら、そうしてみる?」


「やったー!」


 イーダは両手を上げてよろこんだ。


「だけど、使い魔はたいしたことはしてくれないわよ? 気まぐれで、呼んでもなかなか来ないことだってあるし」


 肩をすくませたソフィーに、イーダは反論した。


「それでもいいの!」


 目標があってこそ、がんばれるというものだ。


「それに一体いつになったら斑紋死病が収まるのかも分からないし……」


「もう、いいんだって。とにかく私はそれを楽しみにがんばるの!」


「そうね、若い子には常に前向きにがんばってほしいわ。あら……そういえば、王宮に薬の配達に行った子たちはどうしてるのかしらね? そろそろ戻ってきてもいい頃のはずなんだけど……」


 ソフィーは言いながら、窓の外を覗いた。



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