四、到着
彼の表情はいつもの無表情に見えるが、よく見ると少しだけ楽しげだ。
連絡をせずに行くとウィリデがどんな表情をするのだろう、と考える。呆れたような表情を浮かべるか、驚いたような表情を浮かべるか。
そのように考えながら、彼はふわり、と馬にまたがった。そして、慣れた手つきで馬を進める。
国によって「フェリチタ」というものが存在している。フェリチタは国を守ってくれる存在であり、力を貸してくれる存在でもある。フェリチタは国を守ってくれるが、それと同時にその国の人々はフェリチタを守らなくてはならない。
ただし、フェリチタに対する考え方は国によって異なる。大切に扱っている国もあれば、フェリチタへの意識が低い国もある。
例えばロジュの国、ソリス国では毎朝太陽に祈る習慣がある。ただし、時間は人によって異なる。
ロジュは五分以上、長くて十分以上祈っていることもあるが、短い人は三秒という人もいる。
また、フェリチタは一つの国につき二つ存在している。ソリス国では太陽と炎。炎をフェリチタに持つ人で毎朝太陽に祈る人はいるが、太陽をフェリチタに持つ人で炎に祈る人はほとんどいない。
結局は気持ちの問題で、祈るとフェリチタからの加護が増える、などはないのだ。
他の国の例として、トゥルバ国はフェリチタへの意識が低いことで有名だ。トゥルバ国のフェリチタは土と岩だ。二つとも地面にあるものであり、祈る、という習慣はほとんどない。躊躇なく踏みつける。しかし、トゥルバ国ではそれが当たり前。
そんな風に、フェリチタへの捉え方は国によって、大きく異なる。
今、ロジュが向かっているシルバ国のフェリチタは森と陸上生物。シルバ国のフェリチタへの考え方はどのようなものだっただろうか、とロジュは意識を思考へと向ける。
確か、フェリチタを大切にする国であった。だから、馬に乗ったままシルバ国へ入るのは問題があったはず。ロジュの乗っている馬はソリス国の馬であり、シルバ国の馬ではないからギリギリセーフだと思うが、シルバ国の人間の中で馬に乗る人間はいないから、結構目立ってしまう。
シルバ国に近づいたことに気づいたロジュはフワリ、と軽い身のこなしで馬から降りた。羽織っている真っ黒の上着のフードを被る。ロジュの髪は少々目立ちすぎる。
ソリス国とシルバ国の国境付近。シルバ国を守るように囲んでいる森の前に門番が見えた。前に来たときはいなかった。あー、とロジュは思った。これはここでバレるかもしれない。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「今日は何の用事でシルバ国へいらしたのですか?」
「……観光です」
「観光……? 念の為、フードをとってもらってもいいですか?」
門番が怪しむように目を細めた。
それも仕方がないだろう。夕方が目前に迫っているこの時間に観光というのも、あまり説得力がない。ロジュは自分で言いながら下手くそな言い訳だと考えていた。
やっぱりこうなるか、と心の中で舌打ちをした。面倒くさそうに、ゆっくりとした動作でフードをずらした。彼の深紅の髪、そして藍色の瞳が露わになると、門番は息を呑んだ。この世界、ラナトラレサ中の人間が一度は見たことがあるはずだ。彼のその姿を。
「もしかして、いや、まさか」
さっきまでは疑いの色を強めていたはずの門番が、動揺で言葉を失っている。ロジュは苦笑を堪えきれず、口元にだけ笑みをのせた。品のある笑い方からも、彼が王子であるという強い裏付けとなった。
門番は一国の王子の訪問に困った表情を浮かべている。
「気にしなくていい。こっちが勝手に来ただけだから」
そうロジュは告げるが、門番の困惑したままだ。王子に対する無礼は、一応許されたが、国際問題に発展しないか心配している。
「それで、入ってもいいか?」
「え、あ、はい。もちろんです。馬を預けていきますか?」
「預けられるのか?」
門番の言葉に対して、ロジュの声に驚きの色が混じる。表情はあまり変わっていないが。
「はい。シルバ国内で馬に乗る人はいないので、シルバ国の入り口近くにある厩舎に預けて行く人が多いです。」
「それじゃあ、お願いする。」
「かしこまりました。こちらです。」
門番に案内されて、近くの厩舎に馬を預けた。門番と別れて、シルバ国を囲む森の中へと足を踏み入れる。ここに来るのは、二回目だ。先ほど外したフードを被り直すか否か。
フードに左手を当てながら、少しだけ思案したロジュは、結局フードを被り直さなかった。彼の深紅の髪を隠しもせず、歩みを進める。シルバ国はこちらから見て、森、城、城下町、森の順で存在しているため、今いる場所は人がほとんどいない。
それに、ここで目立つことをすれば、きっと。
ラナトラレサにある国(その国のフェリチタ)
ソリス国(太陽、炎)
シルバ国(森、陸上生物)
トゥルバ国(土、岩)
ベイントス国(風、雲)
ファローン国(雷、雨)
ノクティス国(影、月)
マーレ国(海、海洋生物)