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八、後悔を繰り返す

 アーテルはひとまず、ウィリデに会いたかった。アーテル自身の行動はできるだけ変えないようにしていた。全ては、ウィリデと再会するために。しかし、そんなに単純な話ではなかった。

 アーテルは時間がまき戻る前とほとんど同様の動きをしていた。細かい言葉や動作はあまり覚えていなかったが、大筋の動きは変えていなかったはずだ。


 ソリス国に留学することも。朝の散歩に行くことも。アーテルは変えなかった。アーテルは何の疑いもなく信じていた。ウィリデと再び会うことができ、恋に落ちることを当たり前のように待っていた。ウィリデとの邂逅をいつになるだろう、と楽しみにしながら、散歩をしていた。


 しかし、ウィリデが来ることはなかった。それは留学期間が終わる日までずっと。ウィリデとソリス国に留学中の朝に会わなければ、アーテルはウィリデとの接点もロジュとの接点も消え去ってしまう。


 アーテルは、知らなかった。以前は朝型だったウィリデが、自分の死の記憶に苦しめられて、夜型となっていたことを。


 アーテルは以前とは違い、現れないウィリデに、悲しくなった。月のフェリチタが言っていたことが、脳裏に浮かぶ。


 ウィリデ自身の、人格など何かが変わってしまっている可能性。それが、怖かった。月のフェリチタは言った。変わったウィリデをアーテルは再び愛せるのか、と。


 分からない。自分が、同じように愛せるかが急に不透明になった。アーテルは、自分の感情を信じきれなくなった。だって、時間がまき戻る前と違う行動をしているウィリデへの不信を僅かでも感じてしまっているのだ。そんな自分に嫌気がさす。


 アーテルが何もしなくても、時間がまき戻る前を比べて、人生は変わってしまう。同じ未来が待ち受けていないことを、アーテルは痛いほど認識した。


 自分にできることは何か。自分の愛も、ウィリデのことも信じきれなくなった自分にできること。


 アーテルはソリス国から自国のノクティス国に帰る馬車の中で必死に考えていた。足りないものは多すぎる。そんなのは、百も承知。それでも、このままでいるわけにはいかない。


 ウィリデがアーテルを除く記憶を残している、と月のフェリチタは言っていた。それが事実ならば、ロジュのことを心配する必要はないだろう。だって、ウィリデがついている。それ以上に、心強いことなんてあるだろうか。


 だから、アーテルは自分のことを考えなくてはいけない。自分が、ウィリデとの未来を信じきるためには、何が必要だろう。


 唐突に、アーテルは月のフェリチタの言葉を思い出した。

『愛情なんてきれいなものじゃない』

 月のフェリチタはそう言っていた。アーテルにとって、そのときの月のフェリチタの発言は、アーテルを箱入り娘で世間知らずである、と指摘されているようで、胸に突き刺さっていた。

 愛情はきれいなものではないのか。違うのか。アーテルが信じ込んでいた土台が崩れるようで、精神がぐらぐらする。


 世間知らずでなくなれば、アーテルは理解できるようになるのだろうか。アーテルが考えた末にたどり着いた結論はそこであった。アーテルが世間を知る。それは、アーテルの価値観を変えるかもしれない。アーテルが常識と思っていたことが壊されるかもしれない。それでいいか、アーテルは自分に尋ねる。

 答えは分かりきっていた。


 自分の価値観を壊す。それは、上等だ。


 以前の自分なら、怯えて、怖がっていたかもしれない。それでも、今のアーテルは彼女にとっての『最恐』を知ってしまっている。それよりも怖いことなんてないのに、怖がる必要はない。


 それでも、手が震える。それは、武者震いだと思い込むことにした。

 人はすぐには変わることはできないけど、変わろうと心がけることならできるかもしれない。


 アーテルは決心した。自分の価値観を壊すため、旅にでる。


 王族が旅に出る、なんて許されるのだろうか。本当に、世間知らずのアーテルにできるだろうか。旅に出て、何か変われるだろうか。


 決心したあとにも、不安は浮かんでくる。それでも、アーテルの金の瞳には固い意志で輝いていた。


 アーテルの旅は、想像の倍くらい大変だった。アーテルは今まで自分で働いたこともなければ、自分で料理を作ったこともない。そして、美しい女性の一人旅。想像を絶する過酷さがあった。


 それでも、アーテルの目的は果たせた。アーテルは見た。色々な人を、色々な愛を、見ることができた。


 いろんな人がいた。みんな必死に生きていた。今日の生活も苦しい人や、お金に余裕があって、それを人のために使っている人。逆に、高額の税を課して、搾取している町の長。他国では、自分の領地の農業に参加している貴族。金しか頭にない貴族。


 いろんな恋があった。見ているだけで、満足ができる恋をしている人。伝えずに思っているだけで幸せな恋をしている人。伝えずにはいられず、毎日のように想いを告げている人。恋人が好きすぎて、恋人が他者と話すだけで殺しそうな眼差しでにらみつける人。穏やかに、相手を思いやれるような恋をする人。自分を好きになってくれないなら、殺しそうになる恋をしている人。


 本当に、世の中にはいろんな人がいる。それが不思議だった。同じ人間でも、なんでこんなに感じ方が違うのだろう。こんなに違うのだから、わかりあえない人間同士がいるのは仕方がないことだ。


 それでも。もし、わかり合う手段があるとしたら、それは言葉を使うしかないだろう。アーテルが旅をして分かったことはそのことだった。自分は、こう思っている。それを伝えるしか、ない。言わずに分かってくれるなんてことは存在しない。


 アーテルがそれを悟るまでに、多くの時間がかかってしまった。アーテルが旅に出てから、気がつけば五年経ってしまった。アーテルはもう、二十五歳になっていた。


 アーテルは決意した。わかり合うには、話してみるしかないのだ。ウィリデと、再び恋に落ちることができるか。それは、話をしてみるしかない。


 アーテルは、金の瞳に強い意志を込めて、自国であるノクティス国へ帰った。ウィリデへ、会いに行こう。そんな堅い意志を持って。


 両親も姉もアーテルの帰国を喜んでくれた。アーテルは、自国や他国での問題に首を突っ込みまくった。勿論、彼女自身に解決できる範囲ではある。小さいもめ事から、貴族が私腹を肥やすのを明るみにだすことまで、自分が立ち寄った場所での問題は首を突っ込んだ。


 その結果、『銀の女神』と言われるようになった。そんなアーテルを家族は心配していたようで、幼い子どものように頭を撫でられ、アーテルはちょっとだけ泣きそうになった。

 善意は、時として恨みを買うことを、アーテルは気がついていない。


 帰ってきて早々、シルバ国に行きたい、と言い出したアーテルを家族は呆れた目で見ていたが、父親だけは、顔を強張らせた。


「どうしたの、お父様」


 アーテルが首を傾げながら、王である父に尋ねると、彼はアーテルを気遣うように、言葉を探しながら口を開いた。


「アーテル……。昨日、シルバ国のウィリデ陛下から手紙が届いたんだ」


「なんて書いてあったの?」

「シルバ国へ全ての出入りを禁じる。物流業者も含めた全て。例外は、認めない、という趣旨だ」


 アーテルは息を呑んだ。思っていた以上に、はっきりと書いてある。しかし、これは、何だ?


 時を巻き戻す前の世界では、こんなことはなかった。ウィリデは、何を考えているのだろう。シルバ国では、何が起こっているのだろう。それを知るのに、アーテルに手段は何もなかった。


 アーテルは自室のソファに座ったまま、背もたれに背を預け、天井を見上げる。気がつけば、涙がこみ上げていた。


 自分は。ウィリデを守ることができない。ウィリデは前回、二十六で死んでしまった。今回は、知り合うこともできなかった。どうしたら、いいんだろう。ウィリデを守りたいのに、シルバ国に近づけない。どうしよう。どうしよう。


「ウィリデを守りたいのに……」


 全部、自分が迷ったせいだ。ウジウジと悩みこんで、ウィリデとの出会いを後回しした。人生が有限であるなんて、思い知ったはずなのに。自分は、まだ学習が足りなかったのか。忘れてはいけなかったのに。


「どうか、生きて」


 アーテルは、祈る。後悔を何回繰り返せば気が済むのだろう。シルバ国が、鎖国をしているという状況に、賭けるしかない。シルバ国が前回はしていなかった鎖国をしていることで、今回は暗殺が行われないことに賭けるしかないのだ。


 この賭けに勝ったら、今度こそ。ウィリデに会いに行こう。もう、迷わない。迷ってはいけない。後悔しかしていないこの恋に、そろそろケジメをつけないと。


 五年後。アーテルの元に、一通の手紙が届く。


「ロジュが、王太子……?」


 ロジュが王太子になったことを盛大に祝うパーティーへの招待状。それは、アーテルの運命を大きく動かす。


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