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三、星のような何か

 絶対に繰り返さない。何度目か分からない誓いをウィリデは自分の中でたてる。

 すでに、前にウィリデの死期は過ぎ去り、ウィリデは三十歳になった。

 物語であれば、同じことを繰り返さないという目標は達成。ウィリデは生き延び、ロジュも無事に成長していっている。

 ウィリデは過去を忘れて、自分の好きなように生きる。それが彼の人生ではなくただの創作物なら、そうだったであろう。

 しかし、ウィリデは過去に囚われつづけたまま。ウィリデは気を緩めることはない。もし油断して、ウィリデが死んでしまったら? また世界が滅びたとして、果たしてもう一度繰り返せるのか?

 ウィリデなりに不安要素は潰してきていた。シルバ城に使用人として入り込んでいる者がいないかは徹底的に調査していたし、時間が戻る前にテキューに協力してウィリデの殺害に手を貸したと思われる者の他の不正を見つけ出して、罰を与えた。城の中にいそうな反逆者になりそうな要素はつぶしていった。


 剣を使えるようになろう、と練習をしてみたが、残念ながら、努力は実らなかった。だから、自国の警備はいつも厳重体制だ。


 策を講じても、ウィリデの心に安寧は訪れない。奇妙な緊張感はウィリデを解放しない。

 この気持ちをどうしたらいいか分からず、ウィリデは体の向きを変える。


 ガサリ、とウィリデの耳元で紙が擦れる音がした。彼はそちらに視線を動かす。そこに置かれていたのはシルバ国にいるロジュから送られてきた手紙やウィリデがソリス国に留学しているときにリーサとヴェールから送られた手紙であった。大事な人から送られた手紙はウィリデは心底安心した様子で触れる。彼は、これを枕元に置くことで、気持ちを落ち着かせて眠れることもあった。

 しかし、今日は眠れない日のようだ。ウィリデは眠るのを諦めて、身体を起こす。


 どうしたら、過去から解放されるのだろう?


 ウィリデは心の中で呟いた。死を恐れるのは、人間の本能としては適切だ。しかし、ここまで睡眠に支障をきたすのも考えものだ。


 どうするのが、正解なのだろう?


 ウィリデは分からない。ロジュを自分なしでも生きられるようにすれば良いのか。それなら自分がいてもいなくても、ロジュが気にしないくらい、距離を置けば良い。しかし、それはウィリデが耐えられないだろう。ロジュからの全面的な信頼を享受しているのは、ウィリデなのだから。


 テキューを始末する。それが最適解ではある。しかし、いくらシルバ国の王だといっても、他国の王族を消すことはできても、様々な犠牲を払うだろう。それに、殺しに対し、殺しで復讐するのはテキューと同じ程度になるような気がして、躊躇する。

 テキューのことを生かしながら、上手く使うのが現状の最善ではある。それでも、もし今回も怪しい動きをしたら、容赦なく殺す覚悟はできている。

 テキュー・ソリスト。彼が何を考えているかは分からない。同じ記憶を持っているのもおぞましい。神がいるのならなぜ、彼に記憶を残したのか。

 テキューは危険因子だ。彼が何をしでかすか分からない。ウィリデは人の行動やその結果を予測するのは得意だが、テキューだけは外す可能性があると思っている。


 怖い。テキュー・ソリストという人物が恐ろしい。彼は手段を選ばないのだ。例えば、明日シルバ国に軍を向けてきてもおかしくはない。


 ウィリデは思考を止めるために首を振った。眠れない夜は余計なことを考えすぎる。

 終わりが見えなかったとしても、ロジュもこの世界も守るという信念を捨てないと決めていたのに。長い夜はウィリデの精神を揺さぶる。


 時間が戻る前の自分は、誰に話を聞いてもらっていたのか。何かが引っかかる。大切な、誰かを忘れているような。


 ウィリデは再び首を振った。きっと、気のせいだ。自分の記憶力にはそこそこ自信がある。人知を超える力が働いていない限り、自分が一人の人物を忘れてしまう、なんてことは怒らないはずだ。


 ウィリデは寝るのを完全に諦め、自室の机を前にして座る。机の引き出しから取り出したのは、ルクスを作るための材料。彼の唯一といってもよい趣味であるルクス作り。それを行おうとしていた。

 ルクスを作っているときだけは、ウィリデの心は世間のしがらみや喧噪から解放される。彼に平穏が訪れる瞬間。ウィリデをただの一人の人間にする瞬間。

 材料を知っている人間は少ない。ウィリデは机の上に並べながら考える。高価な石であったり、質の良い金属であったり。そして、これを作る上で重要なことがある。それは、ある感情を込めないといけない。

 愛情。それを込める必要がある。

 それを初めて聞いた人は、怪訝そうな顔をする。アクセサリーを作るのに愛情を入れる感覚が理解できないのだ。それは適性がない、といえるだろう。

 ウィリデは感覚的に分かった。愛の込め方。大切な人を考えながら、その人を大事な気持ちを自分の中で大事に抱きしめながら作る。ウィリデにとって、難しいことではなかった。

 ウィリデは愛情深い人物であった。そうでなかれば、若い頃から王をできなかったのかもしれない。だから、ウィリデは運がよかった。

 ウィリデは自分の家族を愛しているし、自国の民を愛している。この世界も愛している。

 博愛というような、誰にでも平等な愛を持っているわけではないが、おそらく他者よりも多くの人に、様々な形で愛を持ち続けられる。それは恋愛の類いではない。しかし、ウィリデの人生において大事なものだった。

 勿論、その愛情に大小はある。家族やロジュへの愛情は特に深いし、ウィリデの大事な国を荒らす人達に情は湧かない。容赦なく、罰する。


 恋愛の感情をウィリデは少なくともこの生では感じたことがないはずだ。ウィリデは恋愛結婚をしたかった。政略結婚はしたくなかった。だから、三十歳になった今でも結婚はしていない。しかし、そろそろしないといけないのも事実。結婚できなかったとしたら、最悪リーサかヴェールに王の座を譲る気ではいるが。

 お見合いをしようか、とも考えたこともある。しかし、ウィリデの中で、駄目だと囁く声がする。自分が結婚する人は……であるはずだ。その名前は分からない。しかし、自分が簡単に結婚相手を決めていけないということだけが強く、強く感じる。

 そして空虚さが払拭できない。自分は何かを喪失してしまっているのか。誰かを探しているのか。

 また時間が戻る前と比べて、ルクスを多く作れるのが気になる。


 もしかして、自分は前の生では、誰かに恋をしていたのだろうか。


 ウィリデの中で妙な予感がよぎり、ルクスを作っていた手を思わず止めた。

 それなら、辻褄がある。ウィリデの中にある、謎の空虚感。誰かを忘れている、という何度もよぎる思い。

 自分は、かつての恋人が思い出せていないのだろうか。

 自分の記憶が、失われているのか。先ほど考えたことを思い出す。


『忘れているとしたら、人知を超える力が働いている』


 滑稽な作り話と一蹴することはできなかった。時間が戻る、ということ自体、普通の人間の所業ではないだろう。人知を超えた存在の力は不可欠。それなら、ウィリデが一人の人間を思い出せなかったとしても、違和感はない。

 もしかしたら、ロジュが記憶を失っているというのと、似たような感じかもしれない。ロジュも人知を超えた力により、記憶が抜けおちているのかもしれない。


 思い出したい。自分の恋人が、誰だったかを。

 ウィリデは前と比べて明らかに多い量のルクスを作っている。つまり、前には「誰か」に注いでいた愛情を持て余しているということになる。


 ウィリデは思考をめぐらす。自分が恋愛感情を持った人物は誰であったのか。

 ヒントなんてない。しかし、今回は会っていない可能性が高い。きっと、記憶になくても、感情は残っているはずだから。感情すら消え去っていたとしても、自分はまたその人に興味をもつはず。

 シルバ国内は考えにくい。シルバ国の貴族は大体会ったことがある。では、他国。一番可能性が高いのはソリス国か。でも、ロジュと会ったソリス国のパーティーの時は記憶を取り戻していなかったから、そのときまでは前と同じ行動をしていたはず。


 記憶を取り戻した後の行動は、前の人生と大分変えていた。起きる時間も寝る時間もかえ、通る経路も変えていたのだから、可能性が多すぎる。

 ただ一つ、考えられるのは、その人が時間の巻き戻しに関わっている可能性が高い、ということのみ。思い出せないのは、その人物が時間の巻き戻しに関わったからだと仮説を立てた。



 ウィリデにこれ以上推測できることはない。ため息をつきながら窓から外を見ると、外が明るくなり始めているのに気がついた。気がついたら夜は終わっていたらしい。ウィリデは窓に近づき、空を見上げた。

 禍々しさを感じる色へと空の色が変わり始めている。テキューの瞳のような赤。血のような赤。炎のような赤。

 ウィリデが嫌いな色だ。せめてロジュの髪のような色だったら良かったのに。

 突如、ウィリデの瞳からは涙がこぼれだした。

 何が、引き金のなったのだろう。ウィリデは自分で驚きながら、空を見渡す。

 ウィリデの琴線に触れたのは、太陽が空の空間を自分の光で染め上げようとしても、まだ輝きを諦めていない星だった。

 星のような、何かがこちらを見ているのが好きだった。星のような。星のような、何だっただろう。


「思い出せなくて、ごめん」


 ウィリデの苦痛に満ちた声があふれる。その声を聞いているものはいなかった。ウィリデの謝罪は誰にも届くことがなく、消えていった。


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