四十九、手段であり目的でない
「そこでこちらをご覧ください。あ、これ禁書なので、他言無用でお願いします」
あっさりと言うテキューに、ラファエルは頭を抱えたくなった。聞いてはいけない言葉をきいた気がする。ロジュも厄介そうに頭を押さえている。
他国の人間であるウィリデとリーサは聞こえていない振りをすることに決めたようだ。全く反応を示さず、表情を変えない。
ロジュが目を細めて、深紅の髪をかき上げながらラファエルの方を向く。
「ラファエル、お前の父親と母親に城の警備を見直すように言っておいてくれ。俺の名前出していいから」
「……。了解です」
ラファエルの両親。この国の宰相である母親とこの国の軍の上層部である父親。この二人の耳にロジュの名を出した忠告をすれば、城の警備は強化されるはず。
軍は、戦争が起きていない今、自国の安全を守る仕事をしており、城の警備も任されている。だからこそ、ラファエルの両親へ伝えることに意味がある。テキューは国家機密文書を持ち出し、禁書を外に持ち出すことができてしまっているのだから。
「お前、何人買収しているんだ?」
「内緒です」
ロジュからの関心を引けて嬉しそうなテキューを訝しむようにロジュは見つめる。本格的に、城の警備は見直したほうがいいかもしれない。
「それでこの本には、抽象的に書かれていますが、力を持ちすぎた人間がどうなるか、と教訓めいた話が書かれています。この人物は国の代表となって一ヶ月もしないうちに他国へ攻め入ったそうです。明記はされていなくても、それが歴史から消された王を指しているのは推測できますよね。年も大体あっています」
王になってすぐに他国に攻め入った。それは力を持つ者の行動であろう。自分には力がある、だからこそ欲が出た。自分は他の人間には成し遂げられなかったことを行うのだ、という欲。
「そしてこっちの禁書にも、同じ人物と思われる人の話があるのですが、その人の髪は赤である一方、瞳の色は銀色だったそうです」
それが、解答であった。
過去に歴史から名を消されるほどの愚王となった人物が、フェリチタから強い加護を受ける特徴である赤い髪、赤以外の瞳をもっていた。それから、強い加護を受ける特徴である赤い髪、赤以外の瞳の人物を王座に座らせないためにできた慣習が、『赤い瞳の王族のみが王になるべき』ということだろう。
それを理解した全員が言葉を発しない。その場を沈黙が支配しかけたとき。
「それで?」
ウィリデが言葉を発した。彼はテキューに話の続きを要求している。これで終わりではない、という確信を彼は持っている。
「それで終わりだとしたら、お前はわざわざ伝えないだろう?」
これをロジュに伝えるのは、ロジュに王を諦めろ、と言っているようなものだ。しかし、テキューはロジュを王太子にしたがった人物であり、そのために自分の赤い瞳に向かって刀を本気で振り下ろした狂人。ロジュにそれを伝えるメリットなんて、存在していない。闇に葬ればいいのだ。
「ウィリデ陛下の言うとおりです。これには続きがあります。先ほど述べたように、最終的に王となったのは三男。長男が愚王だとしても、次男はどうしたのか?」
テキューは一冊の資料を取り出した。それにはソリス国の図書資料室のサインがあるため、これは正規に借りてきたものなのだろう。
「これは絵本、ですよね? 確か悪からソリス国を救った英雄譚だったはず。幼い子どもに大人気ですよね。これが実話なんですか?」
「バイオレット公爵令息、詳しいですね。その通りです。この物語のような内容が実話を元にして伝わった話なのではないか、と考えています」
そこに書かれている話は、悪から守るために、自分の命を犠牲にしながらも、その悪を押さえ込んだ話。その英雄は最後には亡くなった一方で、その地は平和が訪れた、という結末だ。
「その人は、幸せだったのだろうか」
ボソリとウィリデが呟く。彼の若草色の瞳はどこか遠いところを見ており、その表情は暗い。
「自分の守りたいものが守れたのなら、幸せだったんじゃないか?」
ロジュからの返事に一瞬目を見開いたウィリデだったが、フワリと笑みを浮かべた。ウィリデは何を考えていたのだろう。ロジュには、わからない。
「その英雄として絵本では扱われている人物に関する資料も見つかりました」
テキューが別の資料を指し示す。その人物も愚王を隠すために、愚王とともに歴史から隠されることとなってしまったのだから、普通の場所に資料が置いてあるはずがない。これも禁書だろう、と気がついてしまったが、ラファエルは追求しなかった。城の警備については真剣に話し合わなければならなそうだ。
「その人物は次男であり、赤い髪に青色の瞳を持っていたようですね」
テキューはラファエルの顔が引きつったのに気がついていながらも、見て見ぬ振りをした。それよりも、話を進める。
「その人も、赤い髪で赤い瞳は持っていなかった、ということはフェリチタからの加護が強かったのですね」
リーサの発言にテキューは頷く。
「そういうことになります。だからこそ、愚王に対抗しうる力があったのでしょう」
絵本が実話を元にしているとしたら、愚王を王座から引きずり下ろした、もしくは処刑まで持っていったのはこの次男だ。
「うん? でも、絵本は史実とは違うみたいだね。その『英雄』は年表を見ると長いこと生きているんだから。ということは、この慣習を作ったのはこの人物かな?」
資料をくまなく観察していたウィリデが言う。それをのぞき込んだロジュも頷いた。
「そうだな。『英雄』は本当の意味で英雄だったんだな。だって、その愚王を止めたのみならず、自分は死んだことにして、表舞台からは姿を消した、ということだろう。自分も同じように強い力を持ちうるからこそ、表舞台に出続けると、同じ過ちを繰り返す可能性がある。それを恐れたのだろう」
淡々と述べるロジュは自分の先祖に対し、どう思っているのだろう。しかも、ロジュと条件が似ている王族。ロジュに気遣うような瞳をウィリデは向ける。
「ロジュお兄様、僕が言いたいことは分かりますか?」
テキューが真っ赤な瞳でロジュをじっと見つめる。
「貴方のその瞳は、フェリチタからの加護が強い証。それをどう使うかは、お兄様次第です。愚王になるも賢王になるも、できます。瞳のせいで、王になれないということはないのです。慣習自体にはたいした意味を持たないのです」
赤い瞳を細めることなく、テキューは口角を上げた。挑戦的にも見える表情をロジュへ向ける。慣習は、醜悪な過去を繰り返さないための手段であり、目的ではないのだ。目的を間違えないのであれば、その手段を取る必要はない。
「……」
長年疑問に思っていた事実をこのように弟に教えてもらう形になるとは思っていなかったロジュは、藍色の瞳を下へと向ける。




