四十五、愛の違い
「ラファエル、ロジュに自分の手で入れたお茶を飲んでもらえ、といいたいのか?」
「流石ウィリデ様。お話が早いですね」
一週間後、ソリス城の一室にラファエルとウィリデの姿があった。ロジュのためのお願いをウィリデが快く受け入れるだろうと思っていたがラファエルの想像とは違い、ウィリデは渋い顔をしている。
「ウィリデ様、まさかお嫌なのですか? ロジュ様にお茶をお入れするのが?」
「嫌なわけないだろう。ただ、ロジュはお茶を入れるのが上手いから、ほとんど自分では入れない私がロジュに入れるのがちょっと気乗りしないだけだ」
ウィリデが入れるものをロジュが嫌がるはずはない、と確信しているラファエルとは違い、ウィリデは苦い顔をしている。
「でも、ウィリデ様がロジュ様の中で一番信頼を置いているのですから。ウィリデ様で無理なら他の人も無理だという指標になりますよ」
ラファエルの言っていることは正しい。ウィリデが入れた物で無理なら、他の人は試すまでもないし、例えウィリデが入れた物を飲めなかったとしても、ウィリデは、ロジュに信用されていない、などと思うはずがない。
「でも、私の入れたお茶を飲めた場合、もう一度ラファエルで試すことになるのは変わりないのだろう?」
ウィリデの入れたお茶を飲めた場合、ラファエルの入れたお茶で試すこととなる。結局のところ、問題は変わらないのだ。むしろ、ウィリデへの信用度とラファエルの信用度の違いが表面化すらしてしまう。
「それで問題ありません。別に僕は自分が入れたお茶を今回もロジュ様が飲めなくても、かまいません。ロジュ様に信頼されていない、とか傷つくことはありません。ロジュ様が僕を側近として許してくれた。それだけで十分なので」
ラファエルは、ロジュから見返りなんて求めていないのだ。ロジュからの信用が欲しかったわけではない。だから、この前のあの場でロジュに試してもらった。どんな結果になっても、ロジュの信用をそんなことで図ったりはしない。
ウィリデにはラファエルの意図が正確に伝わった。だからこそ、ウィリデは簡単に自分を呼びつけたラファエルに嫌な顔一つしない。ラファエルがロジュに向ける盲目的ともいえる思いに満足そうに笑った。
「ラファエルが真剣にロジュのことを想っているから、ロジュの側近になるのを止めなかった」
ウィリデは、もしラファエルが気に入らなければ、いくらでも辞めさせる方法はあった。一番簡単な方法として、ロジュにラファエルを側近にしない方がよい、と伝えるだけで良かっただろう。ロジュはウィリデからの言葉を無碍にはできない。
他にも、ロジュにラファエルの悪口を吹き込むこともできたし、情報操作してラファエルの悪い噂を社交界にながすこともできた。
それでもしなかった。それはラファエルの気持ちに嘘はなかったからだ。
ウィリデの言葉を正確に受け取ったラファエルは顔をしかめる。
「ウィリデ様も一歩間違えばテキュー第二王子殿下のように歪んだ愛情を向けていたのかもしれませんね」
呆れも含んだその言葉を、ウィリデは軽く聞き流して笑った。自分が重い感情を渡しかねないという自覚はある。しかし、ウィリデはロジュの嫌がることはしない、という一線は越えたことがない。
「むしろ私の感情はラファエルがロジュに向ける感情と近いのではないか?」
ラファエルもウィリデと同様、その一線は何があっても越えないだろう。
その一線を越える方がおかしいのだ。だからこそ、テキューを狂っている、とウィリデは称している。
ロジュから好かれることができないのなら、嫌われよう、憎まれよう、となるのが理解できない。どうせそのうち愛情を伝えたい気持ちが膨らんでしまい、伝えられずにはいられなくなるのだ。憎しみだけでは満足できない。憎しみでは、物足りなくなるときがくる。そのときには枷にしかならない。
実際、テキューはそうなった。
「では、そろそろロジュ様を呼んできますね」
ラファエルが席を立って部屋から出ようとした時に、ウィリデはラファエルを呼び止める。
「私が今日ソリス城に来ていることを、ロジュは知っているのか?」
ウィリデは今日の午前にはソリス国に別の用事もあった。一週間前に届いたラファエルから来た手紙でソリス城に来て欲しい、と書いてあったため、ついでに寄ったのだ。
「僕は言ってないですねー」
ロジュと今から会うことを嬉しく思ってふんわりとした雰囲気へと戻ったラファエルは、当たり前のようにそう言った。
ラファエルの冷めたような瞳から温かい雰囲気への変化を疑問にも思わなくなったウィリデは、ロジュがラファエルに怒るのではないか、と思ったが、ラファエルはそのまま部屋を出てしまったため、それを伝えることはしなかった。まあ、いいかと考えたウィリデはおとなしくラファエルがロジュを連れて帰ってくるのを待つことにした。




