二十九、憂鬱
ロジュは仕事部屋で一通の手紙を前に頭を悩ませている。その手紙の宛先は間違いなくロジュである。そして、その封筒は一目で分かるほど上質なものだ。
「どうするかな……」
その手紙は王である父親からの手紙だ。未開封の状態でおいてある。しかも直筆。見ないといけないのだ。しかし、手紙が来るのは初めてだ。いつもは用事があれば声をかけられていた。手紙という畏まった形式はほとんどない。
「見ないのですか?」
ロジュの葛藤に気がついたラファエルが不思議そうに尋ねる。正式に側近となったラファエルは、少しずつではあるが、ロジュの手伝いを始めている。
「ラファエル、父親から手紙をもらったことはあるか?」
ラファエルの父は軍部の要人だったはず。よく考えれば、ラファエルの父親は軍の上層部であり、母親はこの国の宰相。ラファエルを道連れにする覚悟をしたが、もしかしたらラファエルに関しては心配要らなかったかもしれない。この国の誰であったとしても、ラファエルの命を奪える人間なんていないだろう。全く関係ないことを考えながら、ロジュはラファエルの返答を待つ。
「そう言われると、ありませんね……」
ラファエルにも困惑した顔が移ったかのようだ。近くにいるのに、わざわざ手紙を送る人はいないだろう。
「なんて書いてあるのか……」
恐る恐るといった様子で手紙を手にする。父親は王でなければ開けるのはもう少し先延ばしにしたかもしれない。
「どうでした?」
興味津々であることを隠さないラファエルに、ロジュは困ったような表情を向ける。
「『家族』で食事会の招待だ」
その『家族』という単語を口にするロジュは、酷く言いにくそうな様子で言葉を発する。
ロジュにとって、家族との縁は薄い。今までの印象としては、父親は無関心、母親はロジュを嫌っており、弟のテキューはよくわからない感情を抱いており、妹はほとんど話したことがないが、会うとニコリと微笑んでくる。それは嬉しそうに見えるが、その笑顔には違和感がある。笑顔の奥に、何か激しい感情を隠している気がする。
ロジュが感じているのはこんな感じだ。しかし、最近はテキューがロジュに好意を抱いているのではないか、という推測ができてしまった。ロジュの方針では、気づかないふりをすることにしている。
他の家族を考える。他の家族についても思い違いをしているのだろうか。しかし、やはりその印象は覆らない気がする。
それにしても、なぜ、急に。今まで一度もなかったのに。
ロジュにとって「仲の良い家族」は本の中の世界であり、幻想でしかない。家族愛に一番近いものをくれたのはウィリデであり、実際に家族ではない。
愛って、なんなのだろうか。それはロジュの思考を濁らせる。どうせ答えなんて出るはずはないのに、考え始めてしまったことに苦笑する。
王からのその誘いを断る手段なんて持ち合わせていない。ロジュは面倒だ、と内心思いながらも、「喜んで参加させていただく」という趣旨の手紙を書き始めた。
嫌な予定がある日は、すぐに来てしまう。食事会の朝。ロジュは疲れた表情を隠すことはなく、支度をしていた。本音は、逃げ出したい。参加したくない。窓を見ると、雨がポツポツと降っており、余計に気分は下がる。せめて晴れであったら、もう少し元気だったはず。今日は特に予定がなかった。最初は仕事をするつもりだったが、あまりに手がつかないため、やるのを諦めた。
何を、話せばいいんだろう。どう、振る舞えばいいのだろう。
ぼんやりと窓の外を眺める。それでも、晴れていない外の様子を見ていても、ロジュの気分が晴れることはなかった。
食堂への道が短く感じる。ソリス城で働いている使用人に先導されながら食堂へ向かうが、いつもより景色の動きが素早く感じる。やっぱり行きたくない。行きたくないけど、行くしかない。他の家族はどう考えているのだろうか。
ゆっくりと食堂の扉が開けられる。中には、テキューとクムザはすでにおり、王と王妃はまだいない。
普段着よりも少し正装に近い服。本当は面倒なので大学の制服にしようとしていたが、折角の機会だから正装っぽい服にしたらどうかとキラキラした目でラファエルに言われ、つい頷いてしまった。
結果的にはそれは正解だった。テキューもクムザも同じようなフォーマルな服装だった。自分だけ浮かなくて良かった。
「ロジュお兄様、いらしたのですね」
「ロジュお兄様、こんばんは」
こちらに先に気がついたのはクムザであった。その声でテキューも挨拶をしてくる。
「ああ。こんばんは」




