二十四、向けられる想い
ラファエルからの感情を知って、心の内に温かいものが広がる気がした。じんわりと心に広がるそれは、ウィリデと知り合ってからの温もりに似ている気がする。
それと同時に何故かテキューの言葉が脳内をよぎる。
『お兄様、僕はずっとロジュお兄様のことを……。敬愛しております』
意味が、わからない。理解ができない。それでも、ラファエルのように、相手からの気持ちを、自分は気がついていないのではないか。もしかしたら、あれはテキューの本音……? いや、そんなはずはない。もしそうだとしたら、王位継承争いは起こらないだろう。テキューがロジュを好きだなんて、そんなことはあるはずがない。あってはならないのだ。ロジュは自分の表情が苦しそうであることには気がつかない。緩く首を振ると、自室へと入って行った。
それよりも遅い時刻。場所はシルバ国。国王であるウィリデの執務室は毎晩遅くまで光が灯っている。確認済みの書類を積み上げているとコンコンとドアを叩く音がした。
「失礼します、ウィリデ陛下。リーサ殿下からお手紙です。できる限り早く読んでほしいとのことです」
「ああ。分かった。助かる」
ウィリデが受け取った手紙を使用人が出たのを見届けてから開き始めた。リーサの達筆な文字が視界に入る。ロジュにバイオレット公爵令息のラファエルが話しかけ、側近になることを望んだことで、中立派であったバイオレット公爵家がロジュ派へと動いたように見えることなど、出来事が事細かに書かれてあった。リーサからの手紙を読み終えたウィリデは複雑な表情を浮かべていた。ウィリデは今の気持ちをどう表現していいか分からない。
勿論、嬉しさはある。ロジュを支え、ロジュのことを考える人物がロジュの近くに一人増えた、そのことをロジュが認識したというのは喜ばしいことだ。また、ラファエル・バイオレットという人物は危険人物ではない、とウィリデの過去の調べでは結論づけている。彼はずっとロジュのことを考えており、ロジュのために暗躍していた。彼の人脈も、いつかはロジュのためになると考えての動きだ。そういう点でウィリデはラファエルのことを高く評価している。
その一方で、ロジュが他人に傷つけられないかが心配だ。ラファエルが特例、ということを分かっているのだろうか。ラファエルがロジュと仲良くなったことにより、ロジュに近づきやすいと感じたロジュを利用しようとする人が寄ってくるかもしれない。今まで話しかけてこなかったのに、急に寄ってくる人は基本的にすぐに態度を変えるものだろう。ラファエルはロジュの纏う雰囲気が変わった、と言っていたそうだが、果たしてそれに気がつくほどロジュを見つめていた人が、どのくらいいるのか。ほとんどいないだろう。ロジュに近づく気がない人が多いのだから。
ウィリデは心配なのだ。ロジュが裏切られて傷つかないか。ただでさえ人間不信気味なのに、さらに悪化しないか。
過保護すぎるか、とウィリデは苦笑する。あまり物事が起こっていない内に手を出すとロジュに怒られてしまう。ウィリデが何もしなくとも問題はないことも多いだろう。実際ラファエルとすぐに仲良くなったみたいだし、意外と人を信じられるのかもしれない。幼い頃の傷は彼を巣食っていないのかもしれない。考え過ぎなら問題ない。しかし、やはり彼に向く悪意の刃からは遠ざけたい。温かい毛布に包まるように安全でいてほしい。
そんなことはできないし、ウィリデにそんなロジュを自身の腕に閉じ込めるように守る権利なんてない。それは分かっている。それでも。
ウィリデは、ロジュがラファエルの気持ちを受け入れたのと同様に、テキューの気持ちを受け入れる日が来るのかもしれない、と考え気が重くなった。ウィリデは、テキューの気持ちをロジュが受け入れる必要なんてないと思っている。彼は、ラファエルと言っていることが似ているように見えて、圧倒的に違う。テキューの狂気、異常をウィリデは知ってしまっている。
ウィリデがテキューに心を許す日は、一生来ないだろう。最も、テキューはウィリデに認められたいなんて微塵も思っていないだろうが。
ウィリデがリーサへの返事として書こうとして広げている便箋は白紙のまま。ウィリデはしばらくの間思考へふけっていた。黒いインクが字を紡ぎ出すには大分時間がかかった。
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