五十九、恩恵と責任
次の日、ロジュが朝の支度と太陽のフェリチタへの祈りを終えて、朝食を食べにいこうとしていたところで、足早にロジュの部屋へと近づいてくる音がした。
こんこん、と扉を叩かれ、ロジュが返事をする前に部屋の扉が開かれた。いつもは、ロジュが返事をするまで開かれることはない。珍しい状況に、ロジュはそちらに目を向けると、そこにいたのは父王、コーキノ国王の側近だった。
彼がロジュの部屋に来ることも滅多にない。驚いたロジュが動きを止めていると、彼は険しい顔で一通の手紙を渡してきた。
「ロジュ殿下、こちらを。陛下からです」
「……ああ」
状況をのみ込みきれないまま、ロジュは手紙を受け取った。じっとロジュのことを見た父の側近は、少し苦しげに目を伏せる。それを見たロジュがぱちりと瞬きをする間に、彼は礼をして部屋から出ていってしまった。1人で内容を確認しろということだろう。
ロジュは改めて手紙に視線を落とす。
宛先はソリス国王。差出人はトゥルバ国王。昨日、シャノンからの話を聞いていたから、身構えてしまう。さらに、理屈ではなく直感的に嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
少し温度が下がってきた手で、手こずりながらも手紙を開く。そこに記されていた文字に、ロジュは静かに息を吐いた。表情が強張るのを抑えきれない。
「……は。やってくれたな」
うめき声に近い声でロジュは呟いた。手紙を握る手に力が入り、紙にくしゃりと皺がよってしまった。しかし、それに意識を向けることもできず、ロジュはぎりっと歯を食いしばった。
『全世界に告ぐ。ディスグラシアドの脅威を解決できるのはソリス国第1王子、ロジュ・ソリストのみ。それにより、できる限り早急に対応することを要求する』
完全に先手を打たれた。この手紙は、ソリス国への要求という意味だけではない。全世界に告いでいる。世界中への公表と共に、ソリス国に――ロジュに圧力をかけているのだ。
ロジュの退路は完全に断たれている。
「どうする、べきか」
ロジュはそう呟いたものの、とれる選択肢など限られているのは分かりきっている。
要求に従うか、荒唐無稽な要求だと定めて従わないか。それを選ぶしかない。
◆
ロジュの思考が正常に働き始める前に、ロジュは父、コーキノ国王から呼び出された。
「ロジュ」
「はい」
コーキノ国王から名前を呼ばれ、ロジュは返事をする。しばらくコーキノ国王は何も言わずにじっとロジュを見つめていた。
「しばらく療養にいくか?」
体調が悪いわけではないロジュに療養を提起する。その意味は明白だ。表舞台から離れて、有耶無耶にすることを提案している。
ロジュは軽く首を傾げる。深紅の髪をふわりと揺らしながら聞き返した。
「……それは難しいですよね?」
全世界に公表されているタイミングでそんなことをしてしまえば、不安を煽るだけだろう。ソリス国としての立場も失墜しかねない。
もちろん、コーキノ国王だってそれを把握していないわけではないはずだ。
それなのに、彼はロジュの発言にはっきりと頷くことはしない。忙しなく視線を動かし、口を開こうとして、すぐに閉じてしまった。
「でも……」
「国王陛下」
何かを言おうとしたコーキノ国王を遮るように、ロジュは王へと呼びかけた。
「恐らく、トゥルバ国が見つけた情報と同じものを把握しています」
「……」
彼の表情が僅かに動いた。いつも冷静なコーキノ国王にしては珍しい。
ロジュはコーキノ国王から目を逸らしてから、口を開いた。
「……お伝えしていなかったことは謝罪します。ですが、信憑性は高いと思っています」
「……」
ロジュの言葉にコーキノ国王はしばらく黙っていた。
トゥルバ国の要求を、ロジュが正だと見なした。その状況をどう判断するか迷っているのだろう。
「ロジュ。意味を分かっているのか?」
「はい」
「……」
意味などとっくに分かっている。トゥルバ国の要求としてはロジュの死と引き換えに世界を救えというのと同義。
それをコーキノ国王が知っているということは、ロジュに渡された手紙は一部に過ぎず、もう少し具体的な詳細が記された書面もあったことが推測できる。
何か言いたげだが、言葉にできていないコーキノ国王に向かって、ロジュは淡々と告げる。
「それでも最適解ですよ。世界が滅びるよりは」
「……」
そう言うと、彼は黙ってしまった。やはりコーキノ国王も具体的内容を知っているのだろう。
「それに、単純に向こうの言う事をそのまま聞くつもりもないので」
ロジュが笑みを作ってみせると、コーキノ国王が目を見張った。
ぐっと頭を痛そうに押さえてから、ボソリと呟く。
「すまないな、ロジュ」
「何がですか?」
「お前にその決断をさせる必要はなかったのに」
コーキノ国王の声は暗かった。悔いているかのように。
それがロジュは少しだけ不思議だった。ディスグラシアドの発生原因自体はベイントス国の元王太子、ワイス・ベインティからの「呪い」だと裏では考えられるいるものの、表では原因の発端は不明とされている。
だからこそ、何かを悔いることが不思議だった。コーキノ国王が悪いことは何もないというのに。
むしろ、なぜロジュがディスグラシアドを解決できるのか。それは、ロジュ自身が受けてきた加護にある。
「……今まで、俺は恩恵を受けてきました。フェリチタからの強い加護という絶対的な力を」
ロジュは今までフェリチタに愛されていると周囲から認識されていた。それはロジュにとっての武器と言っても過言ではなかった。
無力な王子でしかなかった、赤の瞳を持たないロジュを王太子まで押し上げたのは、フェリチタからの加護の存在が大きい。
だからこそ。
「力には責任がある。それだけですよ」
今まで恩恵を受けていた分、ロジュが負うべき責任。そして関係あるかは知らないが、ロジュはもう1つ、果たさなければいけない責任がある。
前の世界を、終焉へと導いた責任。
そちらの方を思い出して、苦い気持ちになったロジュは僅かに顔を歪ませた。
「……お話が以上なら失礼します。トゥルバ国には近日中に対応するとお伝えください」
「ロジュ」
部屋を出ていこうとしたロジュは、コーキノ国王から名を呼ばれて動きを止めた。ゆっくりと振り返る。
「……なんでもない」
緩やかに首を振られ、彼はロジュを扉の方へと促した。結局、呼び止められただけでそれ以上の話をされることはなかった。
コーキノ国王の言葉にできなかったことは何か。それを気になりながらも尋ね返すこともできず、ロジュは退出した。




