十八、婚約と髪
「あの、テキュー殿下。クリムゾン公爵令嬢とロジュ様の婚約のお話で知っていることはありますか?」
二人のやり取りを見ていて埒が開かないと思ったリーサがテキューに尋ねる。
「リーサ、テキューに聞いても偏った意見しか出ないだろう」
「意見は多い方が良いですもの」
リーサとウィリデの会話を聞いたテキューがさらに顔を顰める。
「その話をしていらしたんですか?」
「ああ。クリムゾン公爵令嬢はお前と同類なんじゃないか?」
ウィリデからの問いかけに、テキューは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あの女と一緒にしないでください」
そう吐き捨てたテキューには体面を取り繕う様子も見えず、言葉遣いはいつもより荒い。
「何があったのですか?」
テキューの言葉遣いに動じなかったリーサが首を傾げて尋ねる。彼女の癖のある髪がふわふわと動くが、テキューは特段目を奪われる様子もなく、怒りに覆われている。
「……。あの女は、ロジュお兄様に助けられた分際で、ロジュお兄様の気持ちを踏み躙りました。自分の気持ちを優先した。それが許せない」
低い声で話すテキューの真っ赤な瞳はいつも以上に燃えているかのようだ。
「具体的な内容は僕の口からは言いません」
テキューを黙って見つめていた二人に向かって彼は言った。彼の怒りだけは滲ませておいて、それ以上は教えないと言う。
「そこまで言っておいて、最後まで言わないのか?」
ウィリデの問いかけにテキューは首を振る。彼の橙色の髪がフワリと揺れる。
「言いたくないです。シルバ国のお得意の調査では掴んでいないのですか?」
「残念ながら、出来事の一つ一つの情報は難しい。噂であったり世論であったりは楽だけどな」
ウィリデが何も掴んでいない。そのことを聞いて、テキューは迷いを表情に出した。
「この話をするとお二人は今以上にロジュお兄様のことを好きになってしまうと思うので、言いたくない気持ちも強いですが……。ロジュお兄様の素晴らしさを自慢したい気持ちもあるんですよね……」
そう言ったテキューはチラリ、とウィリデの方を見た。
「……。何が望みだ」
テキューの言葉に交渉の意図を読み取ったウィリデがテキューへ尋ねる。
「流石ウィリデ陛下、話が早いですね。ウィリデ陛下がお作りになったルクスを一つお願いします」
あっさりとした口調で話すテキューだが、要求はとんでもなく高価なものだ。
「……。分かった。ただしどんなものかはこちらで決めさせてもらう」
悩みを隠しきれなかったウィリデだが、結果的には了承をした。
「ウィリデ陛下ならそう言うと思いました。種類などはウィリデ陛下が決めていただいて構いません」
「よろしいのですか、兄上」
ウィリデの返事を聞いて当たり前のように頷くテキューだったが、リーサは不安げにウィリデを見上げる。
「まあ、良いだろう。ロジュの話も気になるし」
ウィリデは簡単に言ってのけるが、ルクスを作るのに時間も労力もかかるはずだ。それを対価にしてでも構わないという。リーサが理由を知りたがったから。そして、ロジュが心配だから。
ウィリデはやはりリーサにもロジュにも甘い。
「分かりました。約束通りお話ししましょう」
テキューはそのように言ったものの、迷うように視線を動かしながら、言葉を紡ぎ始める。
「ご存知の通り、ロジュお兄様を支持する貴族の中で筆頭となっているのはクリムゾン公爵家です。クリムゾン公爵家とロジュお兄様の婚約が持ち上がるのは必然でしょう。クリムゾン公爵家としては、次期王としてお兄様を支持し、自分の血筋から王妃が出るのは喜ばしいことであると同時に、今回の王妃、僕たちの母親の実家であるスカーレット公爵家に権力が偏りすぎないようにする狙いもあります」
ロジュとクリムゾン公爵令嬢が婚約することは、ソリス国の貴族の均衡を保つための政略的な意味がある。テキューの言葉にウィリデとリーサは黙って頷いた。
「しかし、クリムゾン公爵は自分の子どもの気持ちを優先する方であり、僕たちのお父様も結婚に関しては子どもの意思をできる限りは尊重するつもりのようです。だから、ロジュお兄様とクリムゾン公爵令嬢はいきなり婚約とはならず、一度会ってから検討をしようと言うことになりました。これが四年程前のお話です」
そこまで言って、テキューはため息を吐く。
「しかし、その顔合わせの時に事件は起きました。暗殺者が、ソリス城に侵入したのです」
テキューはウィリデに目線を向けた。
「ところでウィリデ陛下、今のロジュお兄様の髪の毛の長さはご存じですよね」
「……? ああ、勿論。肩に届くか届かないかの長さだったよな?」
急な話の転換に、意図が読み取れなかったウィリデは少し首を傾けながら返答をする。
「そうです。では、リーサ殿下。ウィリデ陛下の十年前の髪の長さは覚えていますか?」
「そうですわね……。今と変わらない長さの髪を後ろで結んでいましたっけ……。あまり記憶にはございませんが」
リーサはウィリデの真っ直ぐで、肩より長い深緑色の髪を見ながら答える。
「あっていますよ、リーサ殿下」
テキューの返答を聞いて、ウィリデの顔色がサッと悪くなった。
「テキュー、まさか……。その顔合わせ当時のロジュの髪は今より長かった、ということか?」
何かを察したらしいウィリデの言葉にテキューは頷く。
「ウィリデ陛下は勝手に話の結論を掴んでしまうので面白くないですね。その通りです。当時、ロジュお兄様の髪の長さは肩より長いくらいでしたよ。ロジュお兄様が初めてお会いしたであろうウィリデ陛下の髪の長さを目指しているように」
テキューはチラリ、とウィリデを見る。その真っ赤な瞳に宿るのはウィリデを心底羨む色だ。
「僕がお兄様の心中を勝手に推測するなど無礼なことを本当はしたくありませんが……。ロジュお兄様はウィリデ陛下のようになりたかったのではないですか」
テキューの言葉にウィリデは返答をせず、しばらく考え込むように黙っていた。
「じゃあ……」
やっと言葉を発したウィリデの表情は暗い。
「ロジュの髪は、クリムゾン公爵令嬢を庇って暗殺者に切られたものなのか?」
ウィリデの発言に対し、テキューは笑い飛ばす。ウィリデは普段察しが言いくせに、検討違いすぎる。
「そんなわけ無いじゃないですか。ロジュお兄様がそんなヘマをするわけありません。ウィリデ陛下は偶にロジュお兄様を幼い子どもかのように思ってません?」
『いつまで俺のことを小さな子どもだと思っているんだ?』
そう言っていたロジュの声が思い出される。シルバ城の炎を消しに行く時に言っていた言葉だ。ウィリデの中ではロジュは守るべき存在。ロジュの強さは知っているが、不安が先に来てしまう。




