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七十二、呪いには呪いを

「足りません。私だけではなく、ロジュ王太子殿下に剣を向けた。はっきりと殺そうとした。廃太子にするだけでは、不十分だ」


 ロジュは息を呑んだ。相変わらずだ。ウィリデは、ロジュを大切にしてくれる。


 シルバ国王であるウィリデ自身を殺そうとされたことにはもちろん怒っていたが、ロジュへの殺意を露わにしたワイスに、怒りを隠していない。


 ウィリデは何も言わないブランを一瞥してから、またワイスを忌々しげに睨んだ。


「しかも、ワイス・ベインティ。お前は私と同い年だろう? 三十にもなってやってはいけないことが分からなず、それを実行してしまった。ロジュや私を殺そうとした」


 彼の若草色の瞳が、冷めた色でワイスを見つめる。


 静まり返った場。誰もがウィリデの言葉と雰囲気に呑まれている。彼だけが、この場を支配している。


 そしてウィリデ・シルバニアが――シルバ国王が沙汰を下す。


「ワイス・ベインティ。廃太子にするだけでは不十分だ。お前は死ぬまでベイントス国で幽閉をされろ」


 ロジュは目を見張った。

 

 シルバ国には死刑がない関係で、ウィリデがワイスを処刑をする可能性はない。死刑が存在しないシルバ国では、終身刑が最も重い罰だ。


 場所をベイントス国で指定しているため、厳密にはシルバ国の終身刑とは違うが。


 それでも、このウィリデの沙汰を、誰も覆すことはできない。ベイントス国王、ブランも頷く他ない。


 国王を呪った。長時間目が覚めなければ飲食をできないため、死んでいたかもしれない。だからこそ殺人未遂罪と考えるのは妥当だ。

 しかし、恐らく全ての事実の公表に踏み切らない。そうなると、無関係の国や人に勘ぐられる可能性がある程には罰が重い。


 それでも、ロジュに剣を向けたという事実まで考慮すれば、それに異を唱えることはできない。


 王族を二人、手にかけようとしたというのは、ベイントス国としても廃太子にする程度では足りないだろう。


 ロジュに剣を向けなければ、身体の自由は与えられていたはず。そこでふと思った。ロジュがこの場にいなければ、ワイスは廃太子になるという話でまとまっていただろうか。


 ロジュが最初は一人で対応していたのは、ウィリデの無事を隠したまま、ワイスから証言を引き出すためだった。また、ウィリデが途中で乱入することで、ワイスの真の気持ちを暴こうとしていた。

 その策を決めたのは、ウィリデとロジュだ。


 今回の件は全面的にワイスが悪い。それは否定のできない事実であり、ロジュも断言できる。しかし、自分が関わったことで事態を重くしたことに罪悪感はある。


 ロジュがモヤモヤとした気持ちを抱えて顔をしかめる。ちらりとロジュを見たウィリデだが、ロジュには何も言うことなく、ワイスを見据えた。


「呪いには、呪いで返そう。どんなに苦しくても、退屈でも、勝手に死ぬことは許さない。生きて、生きて、生き続けろ。死ぬまで、行動の自由を許されぬまま、生き続けろ」


 強烈な呪いだ。


 外との接触は禁じられ、ただ幽閉されるだけ。最初は良くとも、そのうち生産性のない日々に絶望するだろう。


 呆然としたワイスが慌てたように口を開きかけた。


「ウィリ……」

「罰するのが、正しくないなどほざくつもりはないだろう?」

「……」


 罪を裁く。それが正しいかどうかは、議論されないだろう。罪を犯せば裁かれる。その形態はすでにできあがっているのだから。


 黙り込んだワイスから興味なさげに目を逸らしたウィリデは、ブランと向き直った。


「ブラン女王陛下。異論は?」

「……異論はございませんが、質問の許可を」

「どうぞ」

「シルバ国でワイスの身柄を預からなくても構わないのですか?」


 ブランからの質問の言いたいことは分かる。ベイントス国にワイスを管理させる。それは、脱走の手助けや待遇の改善を図るものが出てくるかもしれない。


 しかし、ウィリデはすぐに首を振った。


()()をシルバ国内に入れたくありません」


 ウィリデに「それ」と言われたことで気分を害したのか、ワイスはロジュのことを睨み付けてきた。あまり巻き込まないでほしい。ロジュは気がついていないフリを通す。会話が通じると思えない。


「……そうですね。分かりました。ベイントス国で管理します」


 静かな声でブランは要求を受け入れた。ウィリデの言葉を咎める様子もない。それに余計ワイスがロジュを睨み付ける。


 いい加減、鬱陶しくなってきた。ロジュがどうするかを考え始めたとき、ブランが静かに口を開いた。


「ワイスを、別室に連れていきなさい」


 衛兵への指示。それは当事者であるワイスをこの場から排除するものだ。


「なぜですか? 母上」

「……いい加減にしなさい。あなたは。本当に何も分かっていないの?」


 その声は呆れを通りこして、失望に満ちていた。頭を押さえたブランが、苦しげに息を吐いた。


「何度も機会を与えてくださったロジュ王太子殿下に、そんな態度とは」

「何を……」

「連れていって」


 ワイスを別室に連れていく指示の後。立ち上がったブランがロジュとウィリデに向かって深々と頭を下げた。


「度重なる無礼に、お詫びを申し上げます」


 しばらく彼女は頭を上げなかった。ロジュはウィリデに視線を向けるが、彼はロジュに軽く頷いただけで、何も言わなかった。ロジュが対応をしろということか。


 国王のウィリデを差し置いてロジュが返事をするのは些か違和感があるが、ウィリデの若草色の瞳に促され、口を開いた。


「……頭をお上げください。謝罪を、受け取ります」

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