六十四、人は変わるもので
「それで、ロジュ。現状は?」
「……なんで俺が当然のように把握していると思っているんだ?」
「知らない?」
ウィリデから真っ直ぐ見つめられ、ロジュは軽く息を吐いた。
「シルバ国は、恐らく国王不在という状況を隠蔽するのに追われている。リーサやウィリデの側近が忙しくしているはずだ」
「うん」
詳しいことは知らないため、少ししか伝えられることはない。しかし、彼にとっては想定内だろう。あっさりと頷く。
「俺はウィリデの目が覚めなかった原因と犯人を捜していたが……。ウィリデ、犯人の心当たりは?」
「……」
ウィリデは黙り込んだ。それは、心当たりがあると言っているようなものだ。
「ウィリデ。誰を思い浮かべている?」
「……根拠もない、予想だ」
「それでいい。調査を絞れるから」
ロジュにしてみれば、ウィリデの推測が現状で1番ほしかったといっても過言ではない。
険しい表情で目を伏せたウィリデがボソリと呟いた。
「……ワイス・ベインティ」
それは、ベイントス国の王太子の名だった。ウィリデやアーテルと同時期にソリス国に留学していた男。
ロジュは黙って頷いた。そんなロジュに視線を向けたウィリデがくすりと笑った。
「ロジュ。あまり驚いていないように見えるけれど」
ロジュは軽く首を振った。淡々と自分の思考を説明をする。
「王族が怪しいとは思っていた。その中で開国中にもシルバ国王が会ったのは、『あの事件』に関わっていたトゥルバ国とベイントス国。開国後は俺が王太子になったときのパーティーで人と会っただろうが、そちらは流石に把握しきれていない」
「あの事件」とは、シルバ国の密輸事件だ。それに関わっていた国とは何らかの交渉があっただろうから、ベイントス国の王族はロジュの中で疑いの筆頭だ。
それにしても、ベイントス国か。王太子の独断か、あるいは国として敵対心があるか。どちらなのだろう。
ロジュが考え込んでいると、おずおずとシユーランの声がした。
「……ロジュ様。そのお話、私が聞いても構わないのでしょうか? 部屋から出ておきましょうか?」
気まずそうなシユーランを見て、ウィリデに紹介をしていなかったことに気がついた。ロジュはシユーランに手招きをして、ウィリデの近くまで呼んだ。
「あ、そうだ。ウィリデ。紹介を忘れていた。俺の側近になった、シユーラン・ファローだ。ファローン国の第一王子。詳しい紹介は、要らないな?」
「うん」
ウィリデのことだ。ある程度、調査しているだろう。その考えは正しいようで、ウィリデは当然のように頷いた。
シユーランが美しい所作でお辞儀をする。
「お初にお目にかかります。ウィリデ国王陛下。シユーラン・ファローと申します」
「シユーラン殿下。初めまして。ウィリデ・シルバニアです」
にこやかなウィリデからの挨拶に、シユーランが慌てたように首を振った。
「私に、殿下という敬称など不要です。敬語を使っていただくような身分でもございません。お好きに呼んでください」
「分かった」
緊張した様子のシユーランに、ウィリデが困ったように笑う。
「ロジュが信じた人間を疑う気はないから。シユーランがここにいることに私は何も言わない」
「……ありがとうございます。口を挟んで申し訳ありませんでした」
深々と礼をしたシユーランが元の位置へと戻る。やはり第一王子とは思えないほどの丁寧ぶりだ。
ロジュは先ほどの話へと思考を戻した。
「それで、ウィリデはなぜワイス・ベインティだと思ったんだ?」
「ああ」
ウィリデが急に苦々しげな表情を浮かべたため、ロジュは藍の瞳をぱちりとさせた。テキュー以外の人間に、ウィリデがこんな表情をすることがあるのか。
「この前、ロジュに少し話したかもしれないけれど。ワイス王太子殿下は、ソリス国への留学期間に会話をしたことがあった。そのときは私を見る目に少し違和感を覚えただけだった」
「虚構を崇拝しているような、だったか?」
「そう」
他にも、「自分の見たいものだけを見ているような」人だと言っていた気がする。
「それで、シルバ国を閉ざすのをやめた後、一度連絡をとったことがあった」
「……もしかして、俺の毒殺未遂のとき、雨雲をどかすため、か?」
「……まあ、うん」
歯切れ悪い返事なのは、ロジュに気を遣っているのだろう。
ロジュが王太子と決まる前。毒殺されかけたことがある。そのとき、ソリス国内では雨が止まなかった。その雨雲をどかすために、ウィリデはベイントス国と連絡をとったはずだ。
その雨を降らせたのはファローン国の人間だが、シユーランは知っているのだろうか。シユーランの顔を見るが、彼はその視線に気がつき首を傾げた。それもそうか。フェリチタからの加護がないと思われていたシユーランが関わっていると思えないし、情報を貰っているとも思えない。
すぐにウィリデの方へと向き直ったロジュは、ウィリデに尋ねた。
「ワイス・ベインティには、何を言われたんだ?」
「ただ、一言。『あなたは変わった』とだけ」
その言葉に、ロジュは眉を顰めた。何が言いたいのか、分からない。
「変わらない人間っているのか?」
「私はいないと思うけど」
ずっと変わらないなんて不可能だ。ロジュは人とたいした交流のないときでも変化はあったのだ。一人でも、変化する。知識が増え、考えが深まり、行動は変わる。人と交流することで視野がさらに広がっているのなら、尚更。
「よく分からないな」
「よく分からないことを言ってきたから、怪しんでいる」
ウィリデにも分からないのなら、理解などできない。ロジュはすぐに理解しようとするのをやめた。
ベイントス国王太子、ワイス・ベインティの名が出たのは、第四幕「三十三、虚構を崇拝しているような」です。




