二、ソリス国の王子とシルバ国の王弟ともう一人
「今はそんなことを話している場合じゃないだろう。俺が何でここに来たのか理由は察しがついているか?」
ロジュが仕切り直すかのように口を開くと場の雰囲気が一気に変わる。この逆らえないような雰囲気を纏う人物が王にならなかったら、一体誰が王にふさわしいというのだろうと、ヴェールは疑問に思う。
「ソリス国の第一王子が護衛もつけずに一人で来た理由ですか? もしかして、この国を滅ぼしに?」
それを尋ねるヴェールからも柔らかい雰囲気が消えていた。彼は警戒を隠そうとはせずにロジュを見つめる。
二人の間に沈黙が流れる。その時間は十秒ほど。ロジュが声を発したことで終止符が打たれた。
「正解だ。半分は」
「それでは、残りの半分は?」
「王ではないおまえにそれを言うわけないだろう。王と会わせろ。いるんだろう、この近くに」
シルバ国の王は若いが、聡明な人物である。それを知っているロジュは、侵入者に対してヴェール一人で対応していることに違和感があった。きっと、シルバ国王は近くで話を聞いている。そんな予想をたて、ロジュは言葉を放った。
言外に、おまえでは駄目だと言われたが、ヴェールはそれを当然のように頷く。ヴェールは自分よりも敬愛する兄に任せた方が良いということを彼は知っている。
「兄上」
ヴェールがそう呼びかけながら、目を閉じて心の中で祈りを告げる。木がサーッと揺れる音がした。ブワッと風が舞い、ロジュが思わず目を閉じる。
風の音がおさまり、ロジュがゆっくりと目を開けると、先ほどまでは木や草が生い茂っていた場所は草木がなくなり、そこには大きな石だけが置かれていた。その石に足を組んで座る、その人は。
「お久しぶりです。ウィリデ陛下」
深緑色の髪、若草のような色の瞳。シルバ国の王であるウィリデだ。彼はロジュを見て、愉しそうに笑った。
「久しぶりだな、ロジュ。昔みたいにウィリデ兄さんとは呼んでくれないのか?」
冗談めかしてそういうウィリデは相変わらず若く見える。ロジュよりも十歳ほどは年上のはずだが、全くそうは見えない。
「何年前の話ですか。最後にお目にかかってからもう十年くらい経ったはずです」
あなたが五年前に他国との交流を絶ったせいで、ということをロジュは言葉にしては言わなかったがウィリデには伝わったのだろう。苦笑しながら答える。
「昔みたいに敬語なしでいいよ。呼び方も昔のままでいいけど」
「じゃあ、遠慮なく。呼び方は変えないが」
呼び方を変える気がないロジュに対して、昔はすぐに呼んでくれたのに、とぶつぶつ呟いているウィリデを一切気にすることなく、ロジュは口を開く。
「それで、教えてくれないのか。なぜ急に他の国との交流を絶ったのか」
真っ直ぐにウィリデを見つめるロジュに対して、ウィリデは少し目を伏せながら返事する。
「ああ、もちろん」
このシルバ国で何が起こったか。ウィリデはもう隠すつもりはない。
この世界では国ごとにその国を守ってくれている存在がある。例えばソリス国では太陽と火。ベイントス国という国では風と雲。そのようにその国のシンボルであり、自身の国に加護を与えてくれる存在。その守ってくれる存在のことをフェリチタという。
シルバ国のフェリチタは森と陸上動物。この二つの存在に守られているのと同時にその存在を守らなくてはならない。ずっと今まで守ってきたし、これからも当然守るべきものだ。
五年前、問題が生じたのは、陸に住む動物たちだ。小動物の数が減少してきたのだ。小動物が減少することで、他の動物、植物にも影響が出てしまう。最終的に影響するのは、シルバ国を守る大きな礎となっているこの森だ。この森が滅びてしまったら最後、この国の滅亡を意味する。自分たちのフェリチタを守れないような国に未来はない。
そこで原因究明のために鎖国の状態をとったのだ。原因がどこにあるのかを知らない限り、解決することができない。原因が外にあるのか内にあるのか。それを確定させる必要があった。
シルバ国の王、ウィリデは原因が外にある可能性も十分にあると考えていた。だから、噂を流したのだ。
『この森に許されざる者が入ると二度とでることができない』
そんな噂を意図的に流した。そして他国との交流を絶ち、鎖国状態にした。他国が何を言ってきたとしてもこの森がある限り避けることが可能だった。
「じゃあ、ここに来るまでに俺が迷ったのも、ウィリデ陛下がやったことか」
黙って話をきいていたロジュが言葉を発した。ウィリデは軽く首を振った。
「いや、私ではない。あれほどの力を持っていたのはヴェールだ。私は動物から加護を受けているからな」
そう話すウィリデの側にはどこから現れたか分からない動物たちがいつの間にか近づいていた。中には岩に腰掛けるウィリデの膝の上に勝手に乗り出すウサギもいる。それをロジュが少し目を見張りながら眺める。
「この国の王族はフェリチタに愛されやすいのだな」
感心するように話すロジュをウィリデが呆れた目で見た。
「ロジュ、おまえの方が好かれているだろう。特に太陽に。ここまで来るのにも太陽の助けを受けたのではないか?」
ロジュの藍色の瞳がスッと細められた。
「正解だ。最初は適当に歩いていたが、最終的には太陽に助けてもらった。なんで分かったんだ?」
ロジュはヴェールの所にたどり着く途中で目を閉じて、フェリチタに祈っていた。この森を操っている人物の所に連れて行ってほしいと太陽のフェリチタに頼み、太陽の光により導いてもらっていた。
「私の自慢の弟は森をしっかりコントロールできるはずだ。それでも私達の所までたどり着くには、フェリチタの助けを得ないと無理だ」
その言葉にウィリデの隣に控えるようにして立つヴェールも、同意するように静かに頷いた。
その国を守ってくれる存在であるフェリチタ。その力をも上回るのは人間の純粋な力だけでは難しい。それを上回るためには人知を超えた存在のフェリチタが必要となる。




