六十一、王族を調べろ
「僕は何をしますか?」
ラファエルから問われ、ロジュは少し考え込んだ。
「お前には、犯人の可能性がある人間をあたってほしい」
「なるほど。分かりました」
概要しか言っていないのに、ラファエルはしっかりと頷いた。今にも動き出しそうなラファエルを見ながら口を開く。
「具体的にはウィリデに愛憎どちらかを抱いている人間。あるいは、最近様子がおかしかった人間。それかシルバ国を欲しがっている人間。そのあたりを探してほしい」
「はい」
ラファエルは肯定するばかりだ。ロジュは息を吐いた。
「俺は大分面倒なことを押しつけている自覚はあるが」
怪しまれずに人の感情を探るなんて、面倒この上ない。ロジュ自身は、正直あまりやりたくない。
それなのに、ラファエルは少しの不満も見せない。
そんなロジュの目を見て、ラファエルはきょとんとしたあと、満面の笑みを浮かべる。曇りの一点もない表情に、ロジュは気圧された。
「ロジュ様。僕は、その大事な仕事を任せてもらえるのが嬉しいですよ」
「嫌では、ないのか?」
「いえ。嬉しいですよ」
この男は。ロジュが呆れと、それを上回るほどの喜びで、目を逸らした。喜びを感じてしまった自分が、嫌になった。
「ロジュ様」
ラファエルに呼ばれて、彼に視線を戻す。ラファエルのその薄紫色の瞳は、慈愛に満ちた色をしていた。
余裕のある動きで、彼はロジュの前に跪く。
「犯人の可能性がある人間を何人かに絞ることを約束します。フェリチタに、誓いますか?」
試すような目を向けられ、ロジュはすぐに首を振った。
「ラファエル。こんなことで誓う必要はない。すぐに命を賭けようとするな」
「はい」
ラファエルの力を疑っているのではない。しかし、調査とはどうなるか分からないものだ。そんな不確かなものに、命なんて賭けられても困る。
「ラファエル。俺にはお前が必要だ。だから、軽率に動くな」
ぱちりと瞬きをした彼はぽかんとしたあと、口元を緩めた。
「そうですね。ロジュ様の物を、勝手に賭けたら駄目ですね」
立ち上がった彼は、真剣な表情をしていた。脳内で今からの動きを計算しているのだろう。
「今すぐ出ます。その前に、何か共有事項はあります?」
「あ、そうだ。ラファエル。エドワードは、俺に協力すると思うか?」
「エド、ですか……。なるほど。裏から」
「ああ」
ラファエルは、ロジュからの問いに対し、思考に時間を割かなかった。あっさりと頷く。
「分かりました。エドと連携します」
「エドワードが協力に応じる前提か?」
「ええ。あいつはします。いや、させます」
そのラファエルの目は、やはり冗談を言っているようには見えない。
「ロジュ様。そもそも、これはロジュ様の個人的な用事の範囲ではないです。今、シルバ国が崩れれば、世界的に影響がいきます」
「そうだな。だからこそ、王太子としては動けない。あくまで『個人的な用事』の範囲だ」
シルバ国。森に囲まれており、動物や自然が一番豊かだ。それらに手を出すことは違法である。それ故、独自の文化や工夫が発展している。
さらに、今回。時が戻る前と決定的に違うのは、「シルバ国が国を閉ざした」という事実が存在していること。
シルバ国は、他国の人間を排除できる。そのことが、知れ渡った。
これにより、シルバ国を手に入れることの価値が上がった。「閉じこもれる場所」であり、「閉じこもっても国が五年も保てる」という証明ができてしまった。
手に入れた際の使い道に価値がありすぎる。こっそり武力の製造すら可能ということになるのだから。
仮にシルバ国が国として崩壊したなら。その土地を手に入れたがる国は多いだろう。
おそらく、ソリス国も手に入れる側へと回る。地続きの隣国を、下手な国に取られては問題だからだ。
戦争の勃発。しかし、そこで終わるのか。仮に勝者が決まったところで、その後は乱世に突入する可能性は十分にある。
苦い気持ちになったロジュは、深紅の髪をかき混ぜた。
これは個人的な恨みや憎しみというレベルの話ではない。確実に、一線を超えている。
暗殺者を送るより、質が悪い。暗殺者なら制圧して終わりだが、今回は原因すら特定が難しいのだから。
だからこそ『王太子、ロジュ・ソリスト』としては動けない。その行動の結果、失敗をすれば、戦争の引き金を引く行動となりかねないから。ロジュは「個人的な用事」という立ち位置を崩すことができない。
「ラファエル。もう一つあった」
「なんでしょう」
ロジュは目を細めた。できるだけ大きさを絞った声で告げる。
「特に、王族を調べろ。できるか?」
目を見開いたラファエルは、丁寧に礼をした。
「ロジュ様の仰せのままに。ソリス国、シルバ国の王族は?」
「そこは探りは大方終わった。優先順位を低めに」
「かしこまりました」
出て行くラファエルを見て、ロジュは考える。原因が人でなかったら、ほぼ特定不可能。人だということを前提とするしかない。
それでは、誰か。シルバ国の開国後、そんなに長い期間は経っていない。
「接触があること」が関係あるかどうか分からないが、全く会っていない人間に害されるとは考えにくい。そして、現段階でウィリデが参加していた公式の場は、ロジュが王太子になったパーティー。
しかし、あのパーティーの後半はずっとアーテルといたはず。確実に会話等をしたと断言できるのは、パーティー開始すぐから挨拶をするであろう王族。他国の貴族と会話をする時間まであったかは分からない。
だから、王族という線から調べるように指示した。
それでも、これは賭けに近い。ロジュは息を吐いた。
ロジュをじっと見つめていたシユーランが軽く首を傾げる。
「ロジュ様。私はどうしますか?」
「シユーラン。一緒に、シルバ国に来てくれないか? 俺が何をしているときに空気が和らいでいるか、確認したい」
「かしこまりました」
品のある仕草で頷いた彼を見ながら、ロジュは立ち上がった。
3日連続のシルバ国。他国の人間や貴族でロジュを見張っている人がいれば、怪しんでいるところだろう。
しかし、ロジュもそれを気にしている余裕はない。眠り続けているウィリデの状態が悪化しない保証など、どこにもないのだから。




