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四十四、幸せとは

「ロジュ様、おすすめの方はいませんか?」


 ラファエルの声で、ロジュの意識は目の前のラファエルへと戻る。期待に満ちた瞳で見つめられ、ロジュは軽く首を振った。


「俺は情報として名は知っていても、実際の人間としては知らないが」


 ロジュが持っている情報は、どこまでも薄っぺらいものだ。ただの机上の理論ともいえる。ロジュ自身が交流をして得たものではない。


「ラファエル、お前のほうが詳しいだろう」


 ラファエルは人との交流の量で有名だ。テキューも人懐っこいと評されることがあったが、それ以上にラファエル・バイオレットの名を聞く。

 

「えー、まあそうですが……。どんな人が良いと思いますー?」

「……お前がどんな人と相性がいいか、俺に判断はできない。お前が幸せに思えるなら、誰でもいい。たとえ他国の関係があまり良くない王族だとしても、お前が望むのなら反対はしない」


 ロジュには、そういう相性という言葉にできないことはよく分からない。ロジュが持つのは、ラファエルが――ロジュをずっと優先してくれる彼が、幸せでいてほしいということ。ただそれだけだ。


 ロジュの言葉に、ラファエルが首をかしげた。


「……幸せって、何でしょう?」

「何だろうな。生きていて良かったと思えることじゃないか?」


 ロジュはそんなに考えることなく答える。どうせ明確な定義は人によって違うのだ。何となく浮かんだことは、ロジュを幸せにしてくれるものの一部であるだろう。


「生きていて良かった、ですか」


 そのロジュの言葉を、ラファエルはどう感じているのだろうか。繰り返されると、妙に気恥ずかしくて、ロジュは目を伏せた。

 

「ロジュ様は、リーサ様と会って生きていて良かったと思ったのですか?」

「……別にリーサだけじゃない。ウィリデと会ったことも、お前と会ったことも。他にも、そう思う人はいる」


 恋と幸せが必ずしも結びついているとは思わない。恋があるから幸せとは限らない。


 少なくとも、ロジュはそうだった。ロジュはウィリデと出会った時点で、すでに幸せを貰っていたのだから。

 そして、ラファエルが自分の味方になってくれるのは、心底嬉しい。自分に、価値があるように感じて。


 それに幸せを感じていると、断言できる。


「僕は、ロジュ様と会ったときに生きていて良かったと思いましたよ」

「それは、光栄だ」


 冗談めかして返事をしたが、心にはじんわりと温かいものが広がった。ロジュはたいしたことをしていないのに、それがラファエルにとって意味をなしたのなら、良かった。


「俺は、お前に恋をしろ、愛せ、そんな相手と一緒になれ、とは言わない。いや、言えないが正しいか」

「なぜです?」


 じっと見つめられ、ロジュはラファエルに微笑んだ。


「始まりなんて、たいしたことではない。大事なのは、その後どうやって関わっていくかじゃないか?」

「その後、ですか?」

「たとえ気まぐれだとしても。成り行きだとしても。それを意味あるものにするのは、きっとその後だ」


 会話。印象。相手への尊重。何が人の心に響くかはあまり分からないけれど、何かは相手に伝わるだろう。


「俺は今のリーサに、好きになってもらうつもりも、好きになるつもりもなかった」

「正直、興味なさそうでしたよね」

「気づかれていたか? 全くなかった」


 ロジュにとって、恋や愛は無縁なものだった。その形も分からなかった。だから、シルバ国でリーサから唐突に婚約されたとき、理解ができなかった。


 なぜ、自分と。なぜ、王位継承すら決まっていない第一王子と。


「ウィリデの妹であり、友人だった。それが、いつから変わったのかは分からない。それでも、確実に変わった」

 

 今では、手放せないと断言できるほど、大切な人だ。ロジュはその気持ちを抱きしめて、生きていく。


 リーサから見捨てられない限りずっと。この気持ちを大切にしたいと真剣に思う。


「本当に、人の心って分からないな」


 そう言って笑ったロジュを、ラファエルは驚いたように目を丸くした。


「……ロジュ様、嬉しそうですね」

「そう、見えるか?」

「ええ。ロジュ様は、人の心が分からないことを(いと)うているかと思っていました」

「そう思っていたのは、否定できない」


 それも気づかれていたとは。ラファエルはロジュが思っているよりも、ロジュを理解しているのだろう。ロジュは笑みを深めた。


「それでも、その理解できない不自由さも美しいと思えるようになってきた」


 恐怖は消えない。自分がいつ嫌われるか分からない。いつ憎しみを買うか分からない。


 それでも。大切に思う気持ちも、愛おしく思う気持ちも、好意的な気持ちも、美しい。安定しないことにも価値がある。


 こうやって思えるようになった自分も、少しは成長できているのだろうか。


「なんかロジュ様、自信というか……。余裕ができましたね」

「そうか?」

「僕はそう思います」


 もし、ロジュに自信や余裕ができたとしたら、それは自分の力じゃない。一人じゃなかったからこそだ。


「誰も俺に変わることを強要しなかった。自分の意思で、世界を広げていった。だからかもな」


 だから、ロジュは迷いや戸惑いがあっても、世界を嫌うことなくいられた。


「ラファエル。お前がいてくれて良かった。ありがとう」

「な、え? 僕ですか?」

「ああ」


 ロジュの人生に、ラファエル・バイオレットは必要だ。


「お前が、あの時。俺に声をかけなかったら。側近になりたいと言わなかったら。俺は今、どんな生活を送っているのか、と考えることがある」

「僕は、何も……」

「俺の人生にお前がいてくれて良かった」


 ラファエルを見ると、少し頬が赤くなっていた。照れているのだろうか。


「お前の力になれなくて悪いが、俺はお前の意思に任せたい」

「はい」


 ロジュには、あまり分からないから、助言もできない。申し訳なくなりながら言うと、返事をしたラファエルの瞳には強い光があった。


 ラファエルの覚悟を決めたようなこの目が好きだ。


「お前のことだ。候補はいるんだろう?」

「何人か」

「一度、全員と会ってみたらどうだ?」

「そうします」


 あまりにもロジュの言うことに逆らわない返事で心配になるが、この目をしている彼は大丈夫だろう。

 信じることも、大切だ。

 

「ロジュ様、ありがとうございます」

「礼を言うのは俺の方だ。ラファエル、ありがとう」

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