三十七、確認と対話
「それで何だ? ラファエル」
ロジュが部屋から出ていったあと。ウィリデに問われたラファエルは考え込む。
ウィリデが怪訝そうな顔をしているのを把握しながらも、ラファエルは思考を回す。
「……ウィリデ様、あなたがロジュ様の敵にまわるとしたら、いつですか?」
「は?」
低められたウィリデの声に、ラファエルは息を呑んだ。ウィリデは意味が分からない、という表情だが、そこには怒りを孕んでいる。
その氷のような空気にラファエルは声を出せない。
ウィリデの冷たい瞳がラファエルをとらえる。
「ラファエル。私を馬鹿にしているのか?」
「していません。仮定の話ですよ」
ウィリデがラファエルの目を見つめてくる。逸したら駄目だ。そう思ったラファエルは、ウィリデの若草の瞳を見つめ続けた。
ラファエルから目を逸らしたウィリデが息を吐く。潜めた声で言った。
「……ロジュが何をしても私は敵にはならない。仮にロジュが間違えたら、私が止めれば良い」
「ウィリデ様。あなたのその言葉、信じます」
ラファエルがそう言うと、ウィリデは眉をひそめた。
「ラファエル。お前は何を確認したいんだ?」
「どこまでが許容かを知りたかっただけですよ。ウィリデ様を疑うつもりはありません」
ウィリデを疑う気が毛頭ないのは当たり前の話だ。
それでもラファエルは、気になっていた。仮に絶対的な味方、ウィリデ・シルバニアが敵に回るとしたら、どのようなときか。
それが、ロジュへの好感が高い国の許容範囲になるかと考えたからだ。
結果的には基準は分からなかったが。
それでも、納得はいった。ロジュへの好感が高いのなら、敵に回ることすら考えない。もっとも、そこまで言うのはウィリデくらいだ。
やはり基準にするには不適合な人だ。
ラファエルは気を取り直して、別の質問を投げかける。
「ウィリデ様。警戒すべき国はどこだと思います?」
「警戒?」
「ロジュ様が王太子になって、敵対の意を示す可能性がある国です」
「ああ。なるほど」
若草色の瞳でラファエルを見据えたウィリデが
すぐに理解した様子をみせる。
「お前の見解は?」
「マーレ国です。秩序を重視するので」
「ああ」
ウィリデの見透かすような目が、少し居心地が悪い。
「ベイントス国にも気をつけろ」
ほとんど迷う様子もなく、ウィリデが名を挙げた国に、ラファエルは首をかしげる。
「なぜですか?」
ベイントス国は自国の利益に重点を置いていたはずだ。だからこそ、警戒を外していた。
「ロジュが王になれば、ソリス国の地位があがる可能性は十分だ。……それはベイントス国の利益を損ねるほどかもしれない。たとえロジュがベイントス国の利益を損ねなかったとしても、ベイントス国側はそう考える可能性はある」
「なる、ほど……」
そのことまで思考は及んでいなかった。ベイントス国。まだ何も起こっていないが、注意くらいはしておいても良さそうだ。
ラファエルが考え込んでいると、ウィリデが口を開いた。
「それで本題は? その程度の話、ロジュに席を外させる程ではないだろう」
ラファエルは恐ろしさを感じた。やっぱりこの人には見透かされている。
ウィリデの言うとおり。ラファエルが誘導したかった話は別だ。しかしどうせバレているのなら直球でいいだろう。
「本題はこっちです。僕、政略結婚しようと思うんですけど、ウィリデ様が僕なら誰に結婚を申し込みますか?」
「それがロジュに隠したいことか」
「はい」
若草色の瞳を細めたウィリデは、当然のように言う。
「もう絞り込んでいるんだろう?」
ラファエルがすでに考えた上で、慎重になるためにウィリデヘ問うたことなど、承知しているのだろう。
結婚は、基本的に一度きり。それゆえ、ラファエルは慎重にならざるを得ない。
ラファエルはマーレ国の王女か、ソリス国内の貴族、エカルラート侯爵家の令嬢が候補であると伝えると、ウィリデは考え込んだ。
「ラファエル。お前のその心意気は嫌いではないが、やめておけ」
「なぜですか?」
ロジュのための行動で止められることを想定していなかったラファエルは、薄紫色の瞳を瞬かせた。
「そんなことをしなくても、ロジュは大丈夫だ」
「それは、知っていますが……」
そんなことは承知の上だ。しかし。納得はできない。
ラファエルが言葉を探していると、ウィリデが困ったように笑った。
「別にロジュに隠すことじゃないだろう? ロジュに聞いてもいい」
ラファエルは、自分の感情が膨らむのを感じた。
ウィリデには、分からないだろう。運命の相手と出会い、一瞬にして心を奪われたウィリデには。
ラファエルが運命という言葉を使うとしたら、相手はロジュだ。
恋の類ではないと思う。それでも、あの出会いがなければ今の自分はいない。
「それでも僕は、結婚に興味がないんです。ロジュ様の役に立つことではないと、やってられません。でも、そんなことをロジュ様にいえば、困るでしょう?」
そこまで言って、ラファエルはしまった、と焦りを覚えた。恋愛結婚をする予定のウィリデに言うことではなかった。怒り、のような。もどかしさ、のような。そんな感情のままに吐き捨ててしまった。
ウィリデは目を見張ったが表情は柔らかいまま、口調は厳しいまま言葉を紡いだ。
「それなら、嘘を本当にしろ。政略を否定はしない。しかし、少なくとも相手を尊重できる関係になれ」
そういったウィリデは、表情は柔らかいが、若草色の瞳に鋭さをもって、低い声を出す。
「そうじゃないと。……破綻するぞ。身内の裏切りほど怖いものはないだろう?」
黙り込んだラファエルを一瞥して、ウィリデは小声で言った。
「しかもその裏切りは、ロジュへも影響しうる」




