三十五、薬草園
ヴェールのいる薬草園に向かいながら、ロジュはライリーと話をする。
「それでウィリデ様が幼い頃、初めて川を見た時、目を大きく見開いて。一時間くらい眺め続けていたんですよ」
「へえ。ウィリデは川が好きなのか」
「ええ。すっごく目を輝かせていましたよ」
ウィリデのことを幼い頃から知っているライリーは、ウィリデの情報をいっぱい持っている。その話を微笑ましく思いながらロジュはきく。ウィリデは幼い頃から大人びていると思っていたが、そのような一面もあるのを知ることができてよかった。
「さあ、着きました」
薬草園。想像より広く、多くの薬草が置いてある。どれも枯れていないことから、丁寧に手入れされていることが伝わってきた。
「ライリー。助かった。ありがとう。ウィリデの話もできて楽しかった」
ロジュがそういうと、ライリーは笑みを浮かべた。
「いえ。このくらいの話ならいくらでも。ウィリデ様ばかり知っているのはフェアではないので」
「え?」
ロジュがライリーの水色の瞳を見ると、彼は少し呆れたように笑った。
「ウィリデ様はロジュ殿下のことをこっそり『見て』いました。しかし、ロジュ殿下はしていないでしょう? だから、ウィリデ様の昔話くらいこっそりしますよ」
そう言って楽しげに笑うライリーは、ロジュを警戒している人ではないのかもしれない。
主人のウィリデを差し置いて、ロジュにこっそり教えてくれたのだから。
「ありがとう、ライリー。今からは仕事か?」
「はい。ウィリデ様のもとへ行こうと思いまして」
それを聞いて、ロジュはラファエルがウィリデと話し込んでいるのを思い出した。
「あー。ウィリデは今ラファエル――俺の側近と話しているから、今は手があいてないかもな」
「なるほど。そうでしたか。それじゃあ、ロジュ様についていっても?」
「俺は構わないが。ウィリデには急ぎの用事じゃないのか?」
ロジュにつき合わせてしまって申し訳ないと思っていたが、さらに時間を遅らせてしまうのは申し訳ない。
そんなロジュの気持ちが伝わったのか、ライリーは穏やかに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。今日はそこまで忙しくないので」
もしかしたら他国の王太子の監視、監督の意味合いがあるのかもしれない。そう思いながらもロジュは頷いた。
「ヴェールは奥の方か?」
「そうだと思います」
ロジュとライリーが話をしていると、奥の方からヴェールがやってきた。声が聞こえたのだろうか。
「ライリーさん。あ、え、ロジュ様⁉︎」
「久しぶりだな、ヴェール」
まともに話をしたのは、シルバ国の鎖国中と、その後にシルバ国へ遊びに行った時にご飯を食べたくらいだ。少し日が空いている。
「ロジュ様、おひさしぶりですね。こんなところまでどうしたのですか?」
「お前に用があって来た」
「私にですか?」
首を傾げるヴェールを見てから、ロジュはヴェールに向かって頭を下げた。
「ええ? ロジュ様?」
驚きの声を上げるヴェールの声を聞きながら、ロジュは口を開いた。
「直接礼を言うのが遅くなった。お前のおかげで毒から回復することができた。本当に助かった。ありがとう」
「そ、そんな。頭をお上げください」
ヴェールの慌てた声を聞いて、ロジュは頭を上げた。金の瞳がロジュを見つめている。その顔は困惑していた。
「お前は俺の命を救ったのに、その功績は表になることはなかっただろう?」
ロジュへの暗殺未遂は、その事実自体は外部に漏れているが、その回復方法は周知されていない。ヴェールの能力が高すぎるからだ。ウィリデやソリス国王、コーキノ国王などの話し合いで決められたらしい。その話はロジュが寝ている間に行われたらしく、後で聞いた話だが。直後に一応ウィリデを通じて礼の手紙は渡している。しかし直接ではない。
この前リーサと共にシルバ国に来た時は、その後の「シルバ国の動物密輸事件」で黒幕を暴く計画にばかり意識が行き、ヴェールのもとへ行く暇がなかった。
だから礼を言うのが今日になってしまった。
礼が遅くなったことにもヴェールは怒る様子がなく、ただ困ったよう顔をしている。
「そんな礼を言われることはしていないですよ」
「いや。本当に助かった」
ヴェールがいなければ、ロジュが今生きていたかどうか分からない。解毒が遅ければ、後遺症が残っていた可能性もある。
「私も、自分の作った薬草が人のためになるのは嬉しいので。それにしても解毒なんて、ほとんど使わないので緊張しました」
そう言って目線を下げながら微笑むヴェールは少し照れているのかもしれない。
森に囲まれているシルバ国。入る人を制限できるため、暗殺者は少ないのかもしれない。国内の反逆者いる可能性もあるが。
「ロジュ様、今後も気をつけてくださいね」
「ああ。お前も気をつけろ。あ、ウィリデのことも気をつけておいてほしい」
「もちろんです」
シルバ国は王族が少ない。だからこそ、狙う国は少ないはずだ。特に王族の正統性を「血縁」としている国は多いため、3人しかできないシルバ国の王族を狙うことは、通常しない。しかし何が起こるか分からない。テキュー・ソリストのように。「通常」を考えない人間はいる。




