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二十七、利用価値

 挑戦的にも見える薄紫の瞳が自身を見据えているため、エドワードは浅く息を吸った。

 

「お前がロジュ様に忠誠を誓っているのは知っている。それなのに、お前がリーサ殿下やシユーラン殿下を近づかせるのが不可解でならない」

「ああ。エドが不思議そうにしていたのはその件かー」

「そうだ。お前のことは10年前から知っている。だからこそ、不思議だ。自分すら近づかないという程の期間も長かったのに。今になって、なぜ? そして、なぜあのお二人を?」


 不思議だ。最近のラファエルの行動が。ずっと、ずっと、声をかけることを躊躇していたというのに。ロジュへ声をかけに行ったことは、王位継承争いの気配があった、ということで理解はできる。しかし。リーサやシユーランの近づきを止めないどころか、ロジュとの距離を近づけているようにまで見える。

 

 なぜリーサとシユーランを、というのがエドワードの疑問だ。そもそも、ロジュへの忠誠をさせるのなら、国内の人物の方が良かったはずだ。ラファエルのおかげで中立派の中ではロジュを尊敬する人が多い。そこにも優秀な人材はもちろんいる。


 シルバ国の王位継承権1位でありながら、王になる可能性が低い王女。ファローン国の第一王子でありながら、王になるのは絶望的だった王子。

 二人とも微妙な立ち位置だ。

 ラファエルは少し目を伏せた後で、少し声を潜めた。

 

「……嫌な言い方をすると、あの二人は使える。お二人が持っている能力はもちろん、ロジュ様への気持ちも」

「本当に嫌な言い方だな」

「もっと言うと、利用価値がある」

「なんでわざわざ詳しく言った!?」


 明らかに不敬。他国の王族への言葉とは思えない。詳しくする必要があったとは思えない。伝わったのだから。

 エドワードが思わず声を荒げると、ラファエルがくすくす笑った。

 表情を真剣に戻した彼は視線を少し上に向けながら話を始めた。


「リーサ様は頭の回転が速いし、意思が強い。そしてあの御方の言葉は、ロジュ様の心に届く。シユーラン様は記憶力があるし、あの異様な純粋さは珍しい」

「それは、何となく分かるが」

 

「そして、二人の心の根底にあるのはロジュ様への『感謝』だ。いや、二人じゃない。僕も含めて。僕たちの中にはロジュ様への恩がある。それは、簡単には消えない」


 そう言うラファエルは晴れやかな顔で笑った。

 もしかしたら、ラファエル・バイオレット、リーサ・シルバニア、シユーラン・ファロー。彼らがロジュに何らかの感情を抱くようになったのには、似たようなものがあるのかもしれない。


 ロジュのことを裏切らない。裏切れない。そんな、共通点が。


 そんな自分の気持ちを含め、リーサやシユーランの気持ちまで察しているラファエルはやはり恐ろしいが。


「それでも、僕はリーサ様とは友人だと思っているし、シユーラン殿下とも親しくなりたいと思っているよ」

「そんなついでのように付け加えられてもな」

「やだなー、エド。本当だって」


 ふっと笑ったラファエルの表情は、いつもより大人びたものに見えた。エドワードは声を出そうとするが、その異様な彼の空気に言葉が出てこない。

 

「ロジュ様は、僕だけの大切な人ではない。そうであってはならないんだ」


 エドワードは、ラファエルが自分に言い聞かせているのかと思った。しかし、違う。彼の目は本気だ。本気で、そう思っている。

 なんでラファエルはそんな目をしているのだろうか。まるで何かを悔いているかのようだ。


「ラフ。お前は何がしたいんだ?」


 エドワードが思わず問うと、ラファエルはエドワードに視線を向けた。


「もともとは、ロジュ様の『何か』になれればそれで良かった。そしてそれは叶った」

「じゃあ、今はないと?」

 

 夢見心地のような表情のラファエルに、エドワードは重ねて尋ねる。ラファエルが首を振った。


「他に祈るのはロジュ様の幸せ。ロジュ様の望むことを全て叶える。それが、僕の幸せだよ」


 結局のところ、ラファエルの感情はロジュへと行き着くのだろう。エドワードは笑うこともできない。ラファエルが本気だと分かるから。ロジュ・ソリストが幸せにならない限り、ラファエルも幸せにならないのだろう。


「僕個人としては、稀代の明王としてロジュ・ソリストの名を歴史に残したいけどね」

「……は?」

「そんなに驚くことかなー?」


 ラファエルがついでのことのように言ったことに、エドワードは身体が強張る感覚がした。ロジュが『稀代の明王』になれない、と思っているわけではない。ラファエルが抱えるとてつもない野望に、目の前の男から底の見えない恐ろしさを感じた。

 そんなエドワードを見てどう思ったのか。のほほんとした様子で、ラファエルが口を開いた。


「まあ、稀代の明王にしたい、というのは、ロジュ様が王の座を望んでいるなら、だけどねー。仮にロジュ様が国を捨てる気になれば、そんなものはいらない」


 相変わらず基準はロジュだ。ラファエルがこういう男だというのは知っているため、驚きもしないが。

 ラファエルは穏やかな笑みのまま言った。

 

「僕があの人の横に立てるんだ。それなら、ロジュ様が望む以上の最高の名誉と幸せを手にしてほしい」


 ロジュの側近という地位を手に入れたラファエルは全く遠慮をする気はないのだろう。

 この男は変わらない、と思いながらエドワードがラファエルを見つめていると、彼が目を輝かせてエドワードを見てきた。


「だからさ、エド」

「なんだ? 嫌な予感がするが」

「ロジュ様のためになる婚約者って、誰だと思う?」

「俺に聞くな」


 ラファエルがそのような考えを持つことに驚きはしない。しかし、自分は巻き込まないでほしい。

 そう思ったエドワードは、はっとしてラファエルに鋭い目を向けた。


「おい、まさかシユーラン殿下の件がなければ、エレンを狙っていたんじゃないだろうな?」

「あはは、それはないよー」


 自分の双子の妹であるエレンであれば、ラファエルにとって良い相手だろう。エレンは妹ながら、良い子であるのは知っている。

 ラファエルが否定をしてきたが、それはそれで納得がいかない。

 

「おい。エレンが駄目だとでも?」

「エド、エレンのことになると面倒だねー。違うって」


 はっきり否定をしたラファエルは、エドワードの瞳を見て笑う。そんな薄紫色の瞳には、無垢も無知も感じない。


「だって、マゼンタ侯爵家と縁を作る必要はない。君が友達だからねー」


 エドワードは笑いそうになった。

 ラファエルは計算高い男だ。友達、といいながら。この男は利用できるなら利用するだろう。自分には利用価値があることを知っている。それが分かるくらいには長い付き合いだ。エドワードはため息をついた。

 

「お前の好きなように利用しろ。マゼンタ侯爵家は王家に――ロジュ王太子殿下に忠誠を誓っているから。ロジュ様を一番に考えるお前に利用されるくらい構わない」

「君のそういうところ、好きだよ」

「知ってる」


 悪びれる様子もなく、一切否定をしないラファエルに、エドワードは苦笑した。

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