六十一、形勢逆転
ロジュが言葉を発するのと同時にその手錠型のルクスはガチャリと音を立てて外れた。その音も声も、静まりかえったこの部屋ではよく響く。ロジュは着けられていた足枷を手早く外す。そしてゆっくりと立ち上がった。
「ルクスは便利だ。しかし、欠点がある。一回の効果のものだと、実験ができない。例えば……」
ロジュが勿体ぶって言葉を止め、クムザの方を見据えた。慎重にクムザの表情を探りながら話す。
「対象者を動けなくする効果と聞いていたはずが実は治癒効果があるなんて、予想はできないよな?」
ロジュはクムザに液体を注射された部分を見せる。クムザが手間取ったせいでできた傷はきれいさっぱり治っている。
ロジュの口元が弧を描く一方で、クムザは肩を震わせる。
「ま、さか……。どこからどこまで」
震える声で問うたクムザへ、ロジュは表情を消して口を開く。
「どこから? 愚問だな。最初から最後までだ」
そのとき、部屋の扉がガチャリと開いた。
「ロジュ様、この部屋の外にいるひとは、みんな制圧終わりましたー」
明るい声で、すんなりと部屋に入ってきたのは、ラファエル・バイオレット。ロジュの側近であり、剣の扱いに秀でている人物。
「こちらも終わったようですね。無事でした?」
「ああ。タイミングがいい」
大人しく捕まっている時間は終わりだ。出るために鉄格子を壊そう。そう考えたロジュが鉄格子に手をかけるが、ラファエルはそれを制した。
「僕がやりますよ」
「いや、お前はクムザを捕らえておいてくれ」
「五秒かけないので大丈夫です」
ラファエルは片手で鉄格子を掴むと、思いっきり力を込めて破壊し、ロジュが通れるくらいの隙間を作った。その力強さにロジュは思わず表情を引きつらせる。ラファエルがわざわざそれをしたのには、クムザへの脅しも含んでいるのだろう。鉄すらも壊すことができる、という警告。
「助かった。ラファエル」
お前の力はどうなっているんだ、と聞きたいが、それを飲み込んでお礼を言う。
「どういたしましてー」
ラファエルは暢気そうに言いながらも、クムザを捕まえることを忘れていない。しっかりと捕らえた。
「ロジュ様、証拠は取れました?」
「ああ」
そう言いながら、ロジュは首にかけていたペンダント型のルクスを手で優しく包む。それはこの前シルバ国から帰る直前にウィリデから渡されたものだ。
「クムザ」
何が起こったか理解できずに呆然としているクムザへ、ロジュは告げる。
「人を誘拐したときは、荷物は一つ残らず回収したほうがいい。それが刃物でなかったとしても。それから、俺を捕まえるのに足枷と紐ごときじゃ不十分だ」
持ち物に何らかの特殊な効果があることを考慮すべきだ。ロジュのこのペンダントでは、クムザの声がしっかりと録音されている。シルバ国の動物密輸事件や今回のロジュへの殺害未遂などの証拠はしっかりと記録されている。
そして二つ目。実際、ロジュは手錠を解いた後に、数秒で足枷も紐も外した。ロジュ・ソリストという人間を捕らえるのに、それは不十分であり、あまり舐めるなとロジュは言いたいのだ。
「話の続きをしようか?」
そのロジュの言葉には怒りは全く含まれていないが、威圧感はあるだろう。クムザは黙り込んだまま頷いた。
「ロジュ、怪我はない?」
ロジュたちがクムザを連れてやってきたのは、ロジュの仕事場だった。ロジュとラファエルに気がついたウィリデが、不安げにロジュを見る。そして、ロジュに優しく触れ、怪我をしていないか確かめる。この部屋にウィリデ以外の人間はいない。
「大丈夫に決まっているだろう? 俺たちが立てた計画だ」
ロジュは返事をしながら、ウィリデと同じ長椅子に腰掛ける。ラファエルは向かい側の長椅子にクムザの手を縛ったまま座らせ、自身はその隣に腰を下ろした。
ロジュの言ったように、今回の計画はロジュとウィリデ、ラファエル、アーテルがパーティーの時に立てたものだ。そうは言っても、これは計画の中では実行される可能性が低かった。他の計画も立てていたが、仮に相手がすぐに実行してきた場合の予備の計画だった。ロジュは正直、クムザがここまで早く動くのは意外だった。
「それでどうする? 種明かしでもしておくか?」
ロジュは肩をすくめてクムザを見る。先ほど好き勝手言われた仕返しだ。クムザは憎らしそうにロジュを睨みつけた。




