五十九、思い違い
ロジュは顔を伏せた。その様子を見て、クムザは勝ち誇ったような顔をする。ロジュを、傷つけることが彼女にとっての目的。それが達成できたのだ、と彼女は思った。
しかし。
「ふふ、ははは」
ロジュが堪えきれないように笑い出したことで、クムザは動きを止める。ロジュが落ち込んでいないことに苛立ちを感じたクムザはロジュをにらみつける。
「何がおかしいのですか?」
「お前は思い違いをしている」
ロジュは口角を上げた。藍色の瞳に絶望なんて一切ない。彼の意志の強さは一切損なわれていない。その表情にクムザはさらなる苛立ちを募らせる。
「何が言いたいのです?」
「まず、ウィリデはを大切に思っている。それは誰に何を言われようと、揺るがない事実だ。それでも、仮に俺がウィリデを大切に思うほど、ウィリデが俺を大切に思っていなくても、別に構わない。俺はウィリデを大切な存在だと思っているが、ウィリデから同じ感情を返してほしいと思ったことは一度もない」
お互い、同じ気持ちを共有しないといつかは破綻してしまう関係とは違う。同じ気持ちでないと成り立たないのはなんだろうか。恋愛はそうなのかもしれない。勿論、恋愛においても片方が譲歩すれば成り立つが、それは果たしてお互いに苦しまずにいられるのだろうか。
ロジュは恋愛感情をウィリデに抱いているわけではないから、今考えても関係ない話だが。
「ああ、俺も同じだ。ウィリデからほしいのは、見返りじゃない……」
ロジュは自分の中で納得をした。以前、ウィリデにきいた愛とは何か。それに対してウィリデは見返りを求めず、行動ができる対象だと言っていた。そのときは納得ができていなかったが、今なら分かるかもしれない。
ロジュはウィリデが大好きだけど、自分に同じ感情を持ってもらうことを望んではいない。ウィリデの生活に、少しだけロジュの存在があればそれでいい。藍色の物を見たときにロジュを思い出してくれたとしたら、それで十分なのだ。
多分、それがロジュがウィリデに持つ愛だ。
「ああ、本当につまらないですね。貴方の苦しむ表情が見たかったのに」
表情をそぎ落とした彼女の表情はどこかロジュに似ている。クムザはその暗めの瞳でロジュを見据えた。
「ロジュお兄様。相談なのですが、どの死に方が一番嫌ですか? 毒殺は貴方のトラウマでしょうか? 貴方が一番嫌な死に方で殺してさしあげましょう」
相談、と言いながら、彼女はどこか投げやりで、あまり興味なさそうに言う。
毒。それはロジュが以前最も死に近づいた原因。クムザの言葉にロジュは苦い表情を浮かべる。
「あの毒殺未遂事件もお前の差し金か?」
「その質問は答えにくいですね。私は、何もしていませんわ。私はただ、ロジュお兄様が邪魔だと呟いただけですので」
つまり、ロジュの毒殺未遂事件を起こした犯人は少なくとも自分の意志で行っているわけだ。クムザがはっきりと命じたわけではない。彼女が直接手を下したわけではない。それでも、彼女はその可能性を予想はできていたし、それを望んでいたのだろう。
「あの貴族の計画はお粗末でしたが、ちょうど良かったです。だって、貴方のことは私の手で死に至らしめたいと思っていましたから」
ニコリ、と笑うクムザだが、ロジュへの敵意は隠し切れていない。隠す気もなさそうだ。
「なんでお前はそんなに俺を憎む?」
「貴方はそれを知って、何か変わるのですか? 貴方に人の感情なんて分からないでしょう」
クムザは口元を歪めて、嘲るように笑う。それでもロジュの表情が変化ないのを見ると、ため息をついた。
「地獄への土産として教えて差し上げましょう。貴方のせいで、私の愛する人は死んだのですよ」
クムザは自分の拳をきつく握りしめた。顔が歪んでいるのは悲しみか、あるいは怒りか。クムザはロジュの方を見るが、彼は表情を動かさず、何を考えているか分からない。それがクムザの激情を膨らませるのは言うまでもない。
「お兄様、心当たりは?」
「……ない」
「やっぱり」
クムザは表情を消した。クムザは鮮やかな赤紫色の髪が乱れるのも厭わず、かき上げる。暗めの赤い瞳はゾクリとするほど暗い色を放っていた。




