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四十五、矛盾にまみれた心配

 ガタゴトと揺れる馬車に、リーサとロジュが乗っていた。シルバ国に向かうと言っていたロジュに、リーサがついていくことを希望したからだ。


 シルバ国内では馬車は禁止されているため、この馬車はソリス国のものであるし、シルバ国内では基本的に歩きとなる。ウィリデが馬車以外の乗り物を開発させているようで、そろそろ販売を開始するらしい。

 シルバ国の人間であるリーサは、ほとんど馬車には乗らないため、物珍しそうに外を見ている。


「ソリス国に留学している間に、馬車に乗る機会はあっただろう?」


 ロジュからの問いかけに、リーサは困ったように笑った。


「実は、そうでもないのです。私は、ほとんど屋敷と大学しか行っていないので」

「ああ。シルバ国王家が使う屋敷は大学の側にあるもんな」


 シルバ国の王族がソリス国に留学してくるのは、珍しい話ではない。ウィリデもそうだったし、それ以前の王族でもあった。だから、大学の近くに屋敷がある。ロジュもウィリデが留学してきている時期に何度か行ったことがある。その屋敷は大学からの距離が近いため、馬車をわざわざ使わないだろう。


「はい。ですからロジュ様、ソリス国の案内もかねて、デートしてください」

「分かった。今度時間があるときな」


 リーサは、橙色の瞳を瞬かせた。そしてロジュの返事に対して考え込む素振りをみせた。断る常套句だろうか。それとも、本当に忙しいだけだろうか、と探るような視線をロジュに向けてくるのをみて、思わずロジュは苦笑した。どれだけ自分は信頼がないのか。


「別に断ろうとしているんじゃない。そうだな……。多分一ヶ月以内には時間を作る。一ヶ月あれば、問題事も解決するはずだ」


 それを聞いたリーサは表情を明るくした。


「本当ですか? 約束ですよ」

「ああ」


 ロジュがゆったりと微笑む。そして窓の外へと視線を向けた。しばらく、沈黙が流れ、ガタガタと馬車の音が静けさを埋めていた。



「ロジュ様」

「なんだ?」

「何か、悩み事ですか?」


 リーサの言葉に、ロジュはギョッとしたように目を見開いた。そして両手で頬をおさえる。自分の顔は感情をそこまで雄弁に語っているのだろうか。


「そんなに顔に出ていたか?」

「顔全体、というよりは瞳ですね」


 リーサの言葉にロジュはきまり悪くて目を逸らした。


「目は口ほどに物を言うって、本当なんだな」

「それで、どうしたのですか?」


 深紅の髪をかき上げたロジュはリーサと目を合わせないようにしてごまかそうとしたが、リーサはそれを許さない。狭い馬車でリーサが身を乗り出したから、ロジュは後ろにのけぞるようにしながら、軽く手で制した。


「分かった。言うから」

「はい、お願いします」


 ロジュは、目を伏せた。そして迷いながらも口を開く。


「俺は、あいつのことが心配なんだ」

「あいつ、ですか?」

「ラファエルだ」


 ロジュの言葉に、リーサが首を傾げる。リーサには心当たりはないのだろう。


「私としては急に私に付き合おうと言い出したロジュ様の方が心配なのですが……。まあ、それはいいです。ラファエル様に、何か変わった点がありましたか?」

「いや、違う。あいつは変わらない。ずっと。だからこそ、心配だ」


 ロジュの言う、「ずっと」の意味に気がつく人はこの場にいない。ロジュは、深くため息をつく。目を軽く閉じた後に開いたその藍色の目は、通常よりも鋭く細められていた。


「あいつは、危うい。俺以外の存在に、ほとんど興味ないだろう。俺が言えたことではないが」


 そう言いながら、ロジュは自嘲するように笑う。そのロジュをリーサは不思議そうに見つめる。無理はない。リーサは、知らないから。ウィリデの死後、ロジュが太陽を堕としたことも、時を戻したことも知らない。


 しかし、ロジュは自分のしでかしたことを知っている。そして、ラファエルが同じ轍を踏みかねない性格であることを薄々気がついている。


 ラファエルが真っ直ぐなまでにロジュを敬愛するところを気に入っていながらも、それを危ういと心配する矛盾。

 そんなラファエルを頼っているのは自分であるのに。だからこそ、ロジュはラファエル自身にそれを指摘することができない。


 リーサが何も知らないからこそ、ロジュはリーサにラファエルに対する不安を打ち明けた。違う視点の考えをもらえると思ったから。


 ロジュの言葉に、リーサはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開く。


「そう、ですね。確かにラファエル様はロジュ様以外に大切な物はないように感じます。ソリス国すら、ロジュ様がいらないとおっしゃれば容赦なく捨てるでしょうね」


 ロジュがいる世界だからこそ。ロジュがいるソリス国だからこそ。ロジュが大事にしているものだからこそ。ラファエルはこの国のため、世界のために働いている。しかし、ラファエルにとって、その行動はそこまで重要じゃないだろう。


「それでも、大切な物が増えるのも考えものじゃないですか? 全てを守りたくて、雁字搦めになるでしょう?」


 リーサの言うことももっともだ。ロジュは頷く。大切な物が多い人間も大変だろう。ウィリデのように。何かを切り捨て、何かを守る選択を要求される。自分の手で、何かを捨てなくてはならなくなる。リーサの言う、雁字搦め。それは正しい。


「確かにそうだ。でも、ラファエルには、あと一本くらい支えを持っていてほしい。たとえ一本が折れたとしても壊れないような」


 ロジュの言葉をきき、しばらくは瞬きを繰り返していたリーサが、橙色の瞳を鋭く細めた。


「ロジュ様。貴方は……。まるで、自分はいつかラファエルを置いてどこかへ行くとでも言うかのような……。どこか遠いところにでも行かれるつもりで?」

「まさか。たとえだと言っただろう。俺は自分で手に入れたものを簡単に捨てない」


 ロジュは緩く首を振りながらそう言った。自分で手に入れたもの。それは、王太子という地位であり、ラファエルやリーサといった親しくなった人たちとの関係も含んでいる。


「ロジュ様に捨てられたら、私も壊れてしまうかもしれませんわ」


 揶揄うように、リーサは笑みを作る。それは冗談めかしているのに、本音のように聞こえる。ロジュは、リーサを見つめたが、苦笑しながら首を振った。


「お前は、多分大丈夫だ」

「どうしてそう思いますの?」


 ロジュへの気持ちをまだ疑っているのか。そう言いたげなリーサを見ながら、ロジュは口を開く。


「お前は、脆さが少ない。俺がいなくなったら、落ち込むだろう。悲しむだろう。それでも、きっと誰かのために、守らなくてはいけない存在のために、傷つきながらも立ち上がる」


 ロジュからの評価に、リーサは頬を染めた。少し俯いたリーサに向かってロジュは言葉を重ねる。


「過大評価しすぎです。私はそんなに誰かのために頑張れる人間ではないですよ」

「いや、お前はできる」


 迷いのないロジュの言葉に、リーサは言葉を失う。ロジュが微笑みながら口を開いた。


「ソリス国に留学してきた頃。お前は自身のフェリチタを知ったばかりだったはずだ。正直、また暴走の可能性も考えていた」


 シルバ国で、リーサとウィリデと三人で話をしていたとき、ロジュはリーサに向かって深刻に捉える必要はない、暴走はもうしない、といった。それは一種の暗示だ。

 リーサ自身の心が弱かったら。ロジュを信じる気持ちが全くなかったら。制御を知らない彼女が暴走させた可能性は十分あった。

 それでも、リーサはそれ以降暴走させなかった。完璧に押さえ込んだ。それは、ウィリデやヴェール、シルバ城の人間を傷つけたくないという強い意志が働いていたから。


「あの時、お前は感情がぶれなかった。守りたい、傷つけたくないという意志のおかげで」


 ロジュは目の前にいるリーサに向かって右手を伸ばす。そして呆然とロジュを見つめる彼女のその左頬に優しく触れた。


「お前は、誇っていい。誰も傷つけなかったことを。お前の意志の強さが人を守ったことに自信を持っていいんだ」

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