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五、シルバ城と異常事態

 ロジュは少し先に人の気配を感じ取った。それにより、自分の予想通りであることを悟る。


「この前ぶりです。ウィリデ陛下直々にいらっしゃるとは思いませんでした」

「私が来ると予測していただろう、ロジュ」


 そう言いながらこちらに歩いてきたのは、ウィリデ・シルバニア陛下その人だ。


「正直、ヴェールが来る可能性もあると思っていた」


 軽い挨拶の言葉を口にした後はすぐに敬語をやめたロジュであったが、ウィリデは特に気にした様子はない。ロジュが名前を出したウィリデの弟の名前に、納得して頷いた。


「確かにヴェールも気がつく可能性もあったが、それより前に門番から緊急事態の合図が送られてきた」

「そんな合図あるのか?」

「ああ。フェリチタの力を借りた。どの動物が知らせに来たかで緊急度が変わる」

「今回の緊急度は?」

「分かって聞いているだろう。緊急度は一番上。すぐに国王案件だ」


 そこまで大事にするつもりはなかったんだけど、とロジュは内心思う。ロジュは気が向いてシルバ国を遊びに来ただけなのだ。


「ごめん、ウィリデ陛下。こんなに早く門番を置くようになるとは思わなかったから」


 流石に申し訳ないと考えたロジュは素直に謝罪の言葉を告げる。


「これからは門番達にロジュが急に来る可能性がある、ということを伝えておこう。先に一報を入れる、というのができないこともあるだろう?」

「それは助かる。お願いします」


 ロジュの日程は大学での勉強と父から頼まれる仕事によって左右されるため、数日先の予定まで立てることが難しい。

 しかし、それはロジュ側の事情であって、シルバ国に迷惑をかけていい話ではないのだ。それを許容するのは、ウィリデがロジュに対して甘いからだろう。


「それで、急に来てどうしたんだ?」


 そう尋ねるウィリデに対して、ロジュは少し左に首を傾けた。


「用事があって来たわけじゃない」

「それなら良かった。何かあったかと思って焦ったよ」

「急に来たのは悪いと思っている。本当はこっそり行くつもりだった」

「驚きはしたけど、問題はないよ。今日やらなくてはならないことは終わっているし」


 相変わらずウィリデはロジュに甘い。ウィリデはロジュが急に来たことを咎めることはなく、問題がなくて安心したという。


 城までの道を案内してもらいながら、ロジュはウィリデに尋ねる。


「この前から国の出入を自由にしただろう? 何か大変なこととかあったか?」

「うーん。昔の状態に戻しただけだから大丈夫かと思っていたけれど、想像よりは混乱していたかな。他国から来る人の馬を預ける厩舎が十年放置されていたせいで老朽化していたという問題はあったし、他にも問題はあった。でも、国民もすぐに慣れてきている。人の適応力はすごいね」


 その言葉になるほど、とロジュが頷いた時に見上げないと屋根が見えない程の大きい城が見えてきた。

 シルバ国の王家が住んでいる城、シルバ城だ。壁は赤いレンガで覆われており、古くから存在しているということが見て取れる。所々ツタによって覆われている部分もある。



 ロジュがこの城に見惚れ、黙って眺めていると異変を感じた。城の一部が赤く光っている。


「ウィリデ陛下、あの火は!?」


 突如弾かれたように叫んだロジュと同時にウィリデも困惑の表情を浮かべ、無言で走り出す。ロジュも横に並ぶようにして走り出した。

 炎に気がついたウィリデの表情は強張っていた。恐ろしいものを見るかのように。ロジュはその表情に違和感をもった。ウィリデが炎に苦手意識を持っているという話は聞いたことがない。一瞬ロジュの思考を奪ったその違和感だったが、気がつけばすり抜けるほど些細なものだった。


 その炎の方向に向かうほど、焦げ臭い匂いが鼻をつく。煙も段々濃くなり始めた。


「あそこは恐らく訓練場だ」


 ウィリデが走りながら呟いた。


「ロジュ、危ないから安全な所で待っていて」


 そう告げるウィリデに、ロジュは首を振った。


「いつまで俺のことを小さな子どもだと思っているんだ?それに、炎はソリス国の専門だ」


 そう自信満々に告げるロジュの言葉に納得し、それ以上ウィリデがロジュを炎から遠ざけようとすることはなかった。


「分かった。手伝ってくれ、ロジュ」

「ああ」


 そう話しているうちに訓練場の前にたどり着いた。バチバチと音を立てて燃え盛る炎に囲まれるように呆然と立ち尽くしている女性がいた。


「リーサ?」


 ウィリデの呟き声が聞こえた。その声に彼女は反応する様子はない。

 シルバ国には湖や川はあるが、海に面していない。だから炎を消すための水を準備するのは時間がかかる。シルバ城の使用人が何人も行ったり来たりして水を運んでいるが、全然足りていない。


 きっと、この炎をどうにかできるのは、ソリス国のフェリチタである炎からも加護を受けているロジュだけだろう。

 ロジュは燃え盛る炎を自分の制御下におこうとしたが。


「……?」


 もし蝋燭が倒れてしまって燃えている炎であったとしたら、ロジュの力を持ってすれば簡単に制御できただろう。しかし、これは。ロジュの脳内で疑問がよぎる。彼女は、炎のフェリチタに加護を受けているのか、という疑問。

 

 この炎は、誰かの力に反応している。ロジュの制御が効かない、というのはそういうことだ。


 バン、と音が響き渡った。熱に窓ガラスが耐えきれなくなって割れた音だ。パラパラとガラスの破片が舞っている。

 思わずそちらに気を取られそうになり、ロジュは慌てて炎へと向き直った。時間の猶予はそんなにない。



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