6.得ることで失ったもの
日々地道に魔力の限り金の腕輪にルーンを刻み、『魔素吸引』の魔法式を付与する。
そして完成した魔力回復リングを着ける。
「クソが!!」
「もう、チェス君。お口が悪いですよ~。どうしたです~?」
「うるせぇ」
時間を掛けて造ったものは実に地味な出来栄えだった。
チェスはソファーでふて寝している。
確かに魔力回復リングは効果がある。しかし、つり合いが取れない。
大気から集める魔力より、それを起動する魔力の方が大きかったのだ。
(なるほどな。こういうことが起こるわけだ……)
チェスは苛立ちに震えた。
チェスの脳内にいる鍛冶師、付与魔法師、錬金術師、闇魔導師は結果としてチェスの望むものを作れなかった。
いくら知識があっても、役に立たないのなら意味は無い。
問題は能力の過信、知識不足。
あくまで思考するのはチェスだ。
いくら技能があってもそれを扱う頭脳が無ければ機能しない。
「ドンマイです~いい子いい子」
「やめい」
どん詰まりでは仕方ない。
このままでは資金が枯渇する。
「働くか」
とりあえず地道にクエストをこなすことにした。
◇
冒険者ギルドに久々に顔を出すと、ヒソヒソと笑い声がした。やはり、金貸しに押し入られ重傷を負ったニュースは広く浸透しているらしい。
怒りがわき上がる。
身体を憎悪が突き動かす。
(違うだろ。おれが舐められてるのは今に始まったことじゃねぇ。冒険者が威勢で見返すなんぞ馬鹿なことだ。冒険者は結果がすべて。奴らの笑いは、結果を出さねぇと止められねぇ)
そう思い、受付に並んだところ受付がすっ飛んできた。
「ああ、やっと来た! チェスさん!!」
「あ?」
受付は安堵した表情だ。
「騒々しいぞ」
「仕事が溜まってます!!」
「なに?」
「チェスさんへの依頼がほら!! こんなに!!」
「お、おう……」
眼が血走っている。
どうやらチェス宛ての依頼が溜まり、職務に影響が出ているらしい。
どれもチェスに長年依頼をしてきた人々。
学士からの採取系の低ランク向けのクエストから、商人の護衛任務、近隣の村からの討伐依頼まで。
「さぁ、どれから処理してくれますか!! 早く消化してくれませんと代わりの冒険者を見繕わないといけないんですよ! その度にあれが違う、これが違うとクレームの嵐で……」
「わかったわかった、ええい鬱陶しい。受ければいいんだろうが。ならこの採取クエストから受ける」
「ありがとうございます!!」
剣幕に押されてクエストを受けた。
採取クエスト。
近くにある山で薬草を採取する初心者用クエスト。
F級から始まる冒険者では、適性ランクはE相当。
D級冒険者のチェスにはやや軽いクエストだ。
「相変わらず薬草採取とは。だらしねぇ奴」
「よぉ、草取り名人。新人の仕事が余ってて良かったな」
「街にいたら危ないもんな。山なら押し込み強盗には会わねぇで済むし安心だ」
チェスは耐えた。
待たせている依頼人を優先するためだ。
(ちっ……思慮があるだけ不自由だな)
「え?」
普段見慣れたチェスの悪態返しがないことに、ギルド内では幾人かが驚きを隠せない。
「……あいつ、本当にあのチェスか?」
「打ちどころが悪かったんじゃねぇの?」
「えぇ……これは雨が降るぞ」
からかおうとチェスの後をついて来る連中は、すぐに引き返した。
「何だよ、学士様の依頼か……」
「ちぃ、気に入られてるからっていい気になりやがって」
「なんだ、お前ら? 学士様がなんだって?」
「知らねぇのか? あの先にいる―――」
チェスはまず依頼主の学士の下を訪ねた。
街の端っこの人通りの無いところにポツンと立つ古い一軒家。そこに学士は住んでいる。
何処の組織にも属さない在野の研究者で、街で唯一の薬草術を持つ薬師。
そして、実質チェスの育ての親である。
「ミラ婆、来たぞ」
家を訪ねると不健康そうな女が恐る恐る顔を出した。
血の気の無い陶器のような白い肌だ。
眼は血のように赤い。
よれよれの服装をどうにかすれば絶世の美女だろう。
「アハハ……やぁ、チェス君、やっと復帰してくれたみたいでうれしいよ」
名はカーミラ。
チェスはミラ婆と呼んでいる。
何せ実体験の話が常に数百年単位、ひどい時で数千年単位で昔なのだ。数千年生きる種族はいるから不思議ではない。
「あまり受付を困らせるな。採取任務を指名依頼するのはあんたぐらいだぞ。金もかかるだろう」
「金など問題ないよ。やはり君に頼むのが確実だ。聞いておくれよ――」
つらつらと文句を言うカーミラ。
相当うっぷんが溜まっているんだと、あまり口を挟まず聞いていた。
別のことに意識を捕らわれていた。
(なんだ……この違和感)
20年以上、カーミラの傍にいた。
実を言えば、冒険者になる算段をつけてくれたのはカーミラだ。
雑用の小僧になり冒険者を学び、誰かに師事する。
しかし誰もまともに頼み方も知らない野良犬なんぞに構ったりしない。
カーミラからは様々な教育を受けた。
人への頼み方や、常識、数の数え方、薬草の見分け方などを教えてくれた。
村から出てきたばかりのころはこの家に住まわせてもらっていた。
意識したことは無いが、チェスにとって最も親に近い存在だ。
12前世の記憶を得た今、そのカーミラを見る眼が変わっていた。
(街の連中が避けている理由。単にこいつが変だからだと思ってたが違ぇ)
身体が本能的に恐怖を感じる。
まるで王の前にいるかのように、畏怖を抱かせる。
表情やしぐさ、話し方はそれらしく見えるが、一切の血が通っていない。全く人間らしい温かみを感じないのだ。
「ん? どうしたんだい、チェス君?」
チェスは人に本来備わった共感性を、12前世の記憶と共に後天的に獲得した。
その共感性は、同時に非共感性に対する違和感を生む。
チェスが抱くものは正にそれだった。
「薬草採取の確認に来ただけだ。じゃあな」
「ああ、うん…‥」
思わずチェスは家を逃げるように去った。
前世の記憶による混乱からようやく安定してきたところにショックを受けた。
いや、ショックを受けている自分に落胆した。
(こりゃつまり、認めざるを得ねぇ。おれは…‥今まで)
ずっと何かが欠落していた。
前世の記憶と共に、それが補われた。
その結果、数少ない気を許せる相手が、恐怖の対象に変わった。
違和感。
完璧に人間的な行動や口調。
反面、その眼は獣の如く。感情の光を一切失っている。
こんな時、相談する相手はカーミラだった。
しかし、もはや相談することはできない。
できるはずがない。
信頼する親代わりが人間ではないかもしれないなどと。
◇
チェスは不安を抱えながら、薬草採集に出向いた。
薬草採取と言っても、山の奥深くに入る。新人や薬草採取を甘く見ている者はたまたま麓で見つけたか細い薬草を採取して集める。
実際薬草に使うには、安定した品質が必要だ。
だから森の奥深くまで入り、群生地で適当な成長具合のものだけを採取しなければならない。
目的に着くまでは考え事をしないで済んだ。
眼に止まったのは解熱作用を持つ薬草だ。
チェスは思い出す。
冒険者の下働きをしていた幼少期、熱を出しても頼れる大人がいないチェスにはカーミラしかいなかった。
カーミラはチェスに薬草を煎じて飲ませてくれた。
傷に効く薬草。
これもカーミラにしょっちゅう塗ってもらっていた。
薬草を見つけるたびに、思い出がよみがえる。
「くっそ、何だこれは……」
そこに誰もいなかったからだろう。
覚えている限り、チェスは初めて悲しさで涙を流した。
少なくとも記憶の中のカーミラは心を許せる相手。それが得体のしれない何かが演じていた、人間ごっこだったとしても、自分を人間らしくしてくれたのは彼女だ。
チェスは思い直した。
「そうだ。振り回されてたまるかよ」
採取を終えてチェスはカーミラの家へと直行した。
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