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幕間 ワチ

私はワチ。彼がそう呼ぶからワチであることにしようと決めました。


奇跡ってあるんですね。

眼が覚めたら世界が変わってました。

聞こえなかった片耳も治り、塞がっていた片目も開いてました。

くっついていた左手の指もバラバラに動かせる。


チェス君はその時、隣で寝てました。


「よぉ、眼が覚めたかい?」



ゼータさんが教えてくれました。

私は幸運にも、どこかの治癒師に治療してもらったそうな。



死にかけた獣人を助けてくれる人がチェス君以外にもいるなんて驚きです。



三年前。私はこの街に流れ着いた。

記憶は朧げだけど、どこかからひたすら逃げていたことだけは確か。

痛くて苦しくてずっと空腹でした。


その時感じたのは、私は嫌われているということ。

街にいても森にいても、どっちも命が危なかった。

だから、もういいやと生きることをあきらめた。道の隅でうずくまってじっとしてました。

そうしていた方が道行く人たちも、眼を細めるだけ、唾を吐くだけで済ましてくれる。



しばらくそうしていたら、死んでると思われたんでしょうね。街の外に捨てられました。


ごみ処理用の穴に放り込まれて、これが最後だと思ったので、我慢していた声を出したんです。



「いたい~!!」

「おい、誰かいんのか?」




ほとんど声にもならないその声を聴いた彼が私を拾い上げてくれました。

そうです。それがチェス君でした。



彼は私をキレイに洗ってくれて、ご飯をくれました。



「ちっ、なんでおれが」



そう言いながらチェス君は私を家に住まわせてくれました。

そのころ家には他の子もいて、料理をしたり、洗濯をしていました。

体力が回復したころ。



「タダメシを食わす気は無い。働け」



チェス君はそう言って私に掃除の仕方や料理の下ごしらえについて教えてくれました。全然できませんでしたけど。



他の子は冒険者のやり方を教わって、プロになると家を出ていき、残ったのは役立たずのワチだけ。

私は追い出されないようビクビクしながら暮らしてました。



「ぎゃ」



洗濯していたらシャツを破いてしまいました。

さぁ大変です。あなたならどうします? シャツを捨てますか? 直せません。もう絶望です。


私は怒られて追い出されるよりはいいと、逃げました。


衝動的に。


我ながら馬鹿ですね。でも、そうする以外思いつかなかったんですね。


でも走ってすぐ、外が怖くて遠くに行けませんでした。


「こらぁぁ!!!」

「ぎゃ」


すぐにチェス君に見つかって泣きながら引きずられるように連れ戻されてしまいました。


「中途半端は要らねぇ。ここで選べ。またあのゴミ捨て場に戻るか、ここで生きるか。てめぇで考えろ」

「ぐぃ……」


はい。

チェス君の愛、感じました。


分かりにくいけどチェス君は優しくて、面倒見がいい人なんです。

だって、チェス君は私を特別扱いしない。

他の子と同じように扱ってくれました。

それはできると思っていたからでしょう?

生きるために必要だからでしょう?



「こ、ここ、いる」

「そうかよ。いい度胸だ。覚悟しろよ」

「ひっ」


シャツのことはすごい怒られましたけど。



それから三年。

私はチェス君になんとかよろこんでもらいたくて色々やりました。

料理を作ると「マズい」「食材を無駄にするな」といつも怒れらてしまいました。だって、味わからないんだもん。


部屋の窓から見える屋台でおじさんがお茶を出してました。

私は毎日それを見て、やり方を覚えて、チェス君が買ってきてくれたのでやってみたらできました。

今思えば、私がずっと見てるから買ってくれたんでしょうけど。

普通お茶なんて毎日飲みませんからね。



事件があって、「ああ、やっぱりか」と思いました。

そんなうまい話があるわけがないです。

死ぬはずだったあの時から三年も、いい暮らしができました。人間らしく生きられた唯一の時間。神様がきっと私を憐れんでチェス君とめぐり合わせてくれたんだ、とそう思いました。



意識を取り戻したチェス君に私はお茶を出しました。

後で自分で飲んでみたら味がしてびっくり。


とてもマズかったです。ただの葉っぱのお湯!



だめだ。

もっとおいしいものを食べてもらいたい。

今の私ならできるかも。


「なに? 料理を教えて欲しいのかい?」

「はいです~!! ふへへ……」



チェス君が正教会にいる間、預かってくれたゼータさんはとても背が大きい人。最初は緊張しましたけど、優しい人でした。



「はは~ん。チェスに食わすのかい? あいつ、何でも食べるんじゃないかい?」

「おいしいものがいいです~!! お願いします~!!」

「う~ん、私も料理はねぇ……あ」



ゼータさんがグレイさんを呼んでくれました。

グレイさんは料理がとても得意でした。

「その方がモテるから」だって。



「感心だねぇ……おい、『大女』、お前も覚えろよ。一生モテないぜぇ?」

「余計なお世話……いや、やっておくかね」

「おれの教え方は厳しいぜぇ?」

「包丁の握り方からお願いします~!」



お料理合宿は大成功。

簡単な調理方法と、食材の選び方まで、グレイ先生は丁寧に教えてくれました。本当に冒険者?


冒険者にも色々いて、専業でやってるチェスみたいな人と兼業で実家の仕事をしながら冒険者もやる人もいるらしいですね。グレイさんの家は石工らしいですが……ちなみにゼータさんは大工さんの娘さんらしいです。


「美味い」



料理をつくったらチェス君は目を丸くして喜んでくれたよ。やった!


チェス君は私の頭をなでて微笑んだ。


おいしい料理でチェス君を幸せにしよう。

それが私なりの恩返し。



「これだけできればすぐに働き口が見つかるだろう」

「ふへ~!? 捨てないで下さい~!!」



働き先はここ!

チェス君の傍ですから。


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