5.新生活
数日後。
ワチとチェスは新居に引っ越していた。
チェスは正教会の診療を終えて、ワチと共に小さい家を借りた。
「ゼータ、世話になったな」
「ゼータさん~一緒に住みましょう~」
結局ワチはしばらくゼータの家で住み込みで働いた。
その間に料理なんかの下働きをしていたらしい。
「はは、そりゃマズいだろ。でも大丈夫かい? アタシは別に預かっててもいいけど」
「任務があるだろ。それに借りっぱなしは性に合わねぇ」
「そうかい。マジックバックの対価には足りないと思うんだけどね」
ゼータも名残惜しそうにしている。
ワチは愛される性格をしている。
獣人に偏見の無いところならどこでもやっていけるだろう。
「そんなにゼータの家がいいならそっちの家族にしてもらえ」
「いや~! チェス君と一緒がいいです~!」
「あんた、そんなお母さんみたいなやつだったっけ?」
しまったという顔をするゼータ。
チェスは冒険者としては実直で、新人の面倒を見る見どころのある男だが、冗談の類が全く通用しないのだ。
思わず身構えたゼータにチェスが首を傾げる。
「何だよ?」
「お、いやぁ? アンタ、ちょっと変わったかい?」
「……あぁ? 変わってねぇよ!!」
「怒るところそこかい?」
新居へ向かう二人を見送りゼータは微笑む。
「31歳、子持ちか。いや、ありゃアタシにゃ手に負えないね」
◇
チェスたちは新しい家に家財を運び込んだ。
なぜそんな金があったのかというと、元から持っていたからだ。
隠し持っていたのではない。
前世から引き継がれた遺産とも呼ぶべきもの。
(闇魔導師時代の『異空間収納』に入れていたアイテムがまさか現代でも引き出せるとはな)
チェスは天授技能で異空間から前世の遺物を取り出すことに成功した。
その中にそこそこの貴金属があったのでそれを資金にした。
研究職だったため、様々な触媒となるアイテム、魔石などもあった。さすがに当時の金は時代も地域も違うため使えないが、それも利用法を考えた。
魔力回復のアイデアだ。
少ない魔力量をカバーするなら、魔力回復を促すアイテムを制作すれば良い。
かつてはできなかったとしても、今は錬金術、魔術、付与魔法と活かせる知識が豊富にある。
それらを鍛冶師の知識で実現し、実戦で使う。
それがチェスの決めた筋道だ。
そう、チェスは一流の冒険者として生きることに決めた。
金を得る方法なら今はいくらでもある。
だが、冒険者であろうという今の自分の目標は変えない。
問題は前世の知識だ。
チェスは自分を苦しめる12前世の知識や技能を、割り切って使うことにした。
理屈は分からなくても使えるものは使う。
できることを一々悩むことは止めた。
「まずこの金貨を『錬金分解』で金とそれ以外の金属に分ける」
天授技能を用いて、純金を取り出した。
金は魔力を込める触媒として理想的な金属。
それをフライパンで熱し、型に入れて腕輪にした。
「チェス君、だめですよ~。フライパンはお料理に使うんですよ~」
「あっちいってろ」
「ふへ~。じゃあご飯抜きです~」
ワチが手際よく調理を始めるのをよそに、チェスは出来上がった腕輪に、鍛冶の天授技能『魔力通し』で魔力を流しながらルーンを刻む。
そうすることで付与魔法を施す際、ルーンの乗りが良くなる。単純に付与魔法をする時より効果は2割増しとなる。鍛冶師であり、付与魔法師でもあるからこそできる芸当だ。
魔道具に魔力を集めさせる。
先日ワチを助けた際に使ったルーンを応用し、魔力の供給元を大気へと変更する。
(腕輪に描き切るには、複雑すぎるか……)
ルーンで刻める文字数は限られる。その中に無駄なく構造式を成立させるにはある種魔法とは関係の無い特別な才能が必要だ。
ルーンを刻む途中で魔力が尽きた。
「はーい、ご飯ですよ~」
先ほどのご飯抜きの宣告はなんだったのか。
ワチがいい匂いの料理を運んできた。
「これ、お前はつくったのか?」
「はいな~! 何だかとても器用になった気分です~」
いつもなら料理という複雑な作業はチェスがしていた。
「ちっ、美味いな」
「なぜ舌打ち!?」
ワチがしっぽを振り笑顔を浮かべる。
(そういえば、こいつのステータスを気にしたこと無かったな)
ワチ(12)
種族 獣人(白狼族)
職業 家事手伝い
レベル 2/65
天授技能『生命快気』
『生命快気』
魔力を消費することで常時、体力、気力を回復する。
(こいつが無駄に元気な理由がわかったな)
チェスはその頭を撫でた。
「本当によかったな」
チェスは平凡であることの難しさを身をもって知っている。
この平凡な日常を大切にしたいと改めて思った。
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