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4.天授技能

修正加筆版です 2024 1/2

雨が上がった。晴天の気持ちのいい朝。街のメイン通り沿いは大きな騒ぎになっていた。

安宿では6体の惨殺死体が発見された。



「借金取りか。宿に居座っていたらしい」

「債権者が消えている。そいつが捕まって逆にこいつらを殺したんだろう」




捜査にあたった憲兵は大した調査もせず、消えたその男が犯人だと結論付けた。

宿の主人からの証言もそれを裏付けていた。



誰も正教会のベッドの上で眠るチェスがやったこととは考えなかった。







「『解析鑑定』」



チェスの眼に、自分のステータスが映った。



チェス(31)

種族 只人ヒューマン

職業  冒険者

レベル 20/20

天授技能『解析鑑定』『錬金加工』『錬金分解』

    『回復』『治癒』

    『身体強化』

    『異空間収納』『重力波』

    『鷹の目』『気配察知』

   『看破』

   『演算』

   『風圧』『発火』

   『隠形』『超反応』

   『耐久』

   『判読』『魔力集中』

    『魔力通し』

加護  【火精の加護】

    【聖神の加護】



後天的に天授技能(スキル)を獲得することはある。

だが、天授技能(スキル)の所有数は平均1~2種。

チェスは20の天授技能(スキル)を有する。



加護はさらに希少だ。

数十万人に一人、1種を授かるか否か。

チェスはそれを2種も獲得している。



これまで気が付かなかったわけではない。

明らかにあの晩からステータスに加えられたものだ。



「気のせいじゃなかったか」



前世、チェスは治癒師だった。

それを思い出しただけにとどまらず、治癒師以前の前世についても思い出した。

膨大な記憶だ。

それらを冷静に整理し、確認する。

パズルのピースの様な不揃いの断片を分類し、つなげる。

数百年前から数千年単位もの昔の記憶、それも12名もの前世の記憶がある。


丸2日、それだけに費やした。

それでもおおよその輪郭しか把握できない。

最終的には故郷から想起し、どこで何になったかで判断した。

職業は様々。

治癒師、挌闘士、錬金術師、闇魔導師、魔術師、狩人、付与魔法師、神官、鍛冶師、盗賊、商人、農夫。



(見事にバラバラだ)




チェスは正教会に閉じこもり、己の内に抱えた12人の前世の記憶と葛藤していた。



毎晩悪夢で目が覚める。

知らない記憶がチェスを苦しめる。



誰にもトラウマや苦手なもの、苦い記憶がある。

12人の他人のそれらを背負うことは並みの精神では耐え難い。



また幸福な記憶はすでに失われた過去のもので、強い喪失感を与えた。

喜びは虚しく、満たされたような一時の高揚感が余計に気分を落とさせる。


手に入らないものへの異様な執着。


懐郷病とも言うべき存在しない故郷への郷愁。



名前も思い出せない女への憧憬。



そこに無い杖を手に取ろうとする癖。



刻一刻と自分の意思や記憶が侵食されていくような恐怖。



チェスにはただベッドの上で耐えることしかできなかった。




だがその労苦は唐突に解消された。


女官が出した茶を飲んだ時のこと。



「そういえば……」


刀を持っている間、迷わなかった。

師との記憶が、あの時間は自分だけのものだ。

それと同じことが他にもあった。


ワチの茶を飲んだ瞬間、迷わず自分を認識できたことを思い出した。



「クク、あいつの淹れた茶は、前世でも飲んだ試しがないぐらいマズかったってことか」



ワチが茶を初めて淹れたとき、こいつは味が分かってないのだと、憐れんだ。からかいついでに美味いと嘘を言うと毎日喜んで淹れるようになった。



「なぜ、おれは飲み続けたんだろうな……」



気が付くとワチとの暮らしに想いを馳せていた。

その間は自分が自分であると迷わないでいられた。



「チェス君~!! 寂しかったです~!!」



唐突にワチが現れた。

泣きながらチェスに飛びついてきた。


「何だ、どうした?」

「チェス君~。いつになったらあの家に戻れるです~!? ワチは限界です~!」

「何がだ?」


少なくともゼータはチェスよりいい暮らしをしている。不自由はないはずだ。



「何か言われたか? 孤児院に行けとか、役立たずとか」

「そんなチェス君みたいなこと言わないですよ。みんな良くしてくれるですよ」

「ならいいだろ」

「でも、何もさせてくれないです。誰もワチに何も期待してないです」



客人のように大切に扱われた。

それがワチには必要ないと言われているように感じた。


そういう思いを自分もしたことがあることをチェスは思い出した。

やさしさ、思いやり、見返りを求めない善意。


当時のチェスにはそれが居心地が悪かった。



(そうか……だから、おれはこいつに茶を淹れさせ続けたのかもな)



そして、ワチにもゼータの思いやりを理解させるべきだと思った。



「ワチ、茶を淹れてくれ」

「ふぇ? はい~!」



嬉々として茶を淹れるワチ。

口に含むと青臭いにおいが広がった。

ワチの自分に向ける拙い愛情が、例えようも無く価値があると思えた。



「ワチ……お前は本当に茶を淹れるのだけは上手いな」


褒められたことが以外できょとんとしたワチは照れ臭そうに笑った。


「ふへへ」



チェスは決心した。



(過去の人生、今の生き方……全て含めておれだ。おれは自分の生き方を貫く)



チェスは想像した。


冒険者を引退した後、自分の冒険譚を話す自分。

本物の、一流冒険者の偉業を話す誇らしい自分を。

そこにはチェスの話をする仲間や友人。そして家族たち。



思い描くことさえなかった風景。

自分には関係無いと切り捨てていた未来。

子供の頃から目の端に映しながらも、見ないようにしていたそんな一般的で幸せな生活に、心の中で手を伸ばした。


「ワチ」

「はい~?」

「……家族は要るか?」



チェスにはそう尋ねるのが精いっぱいだった。



「チェスがワチの家族です~」



ワチは当然の様に答えた。



「ちっ」

「なぜに舌打ち! チェス君にはワチが必要です。ちゃんとこれからもワチがチェス君の面倒を看ますから安心するですよ」

「ああ? ふざけんな! 茶を淹れる以外まともにできねぇくせに」

「これから覚えますよ~!」



その感情を何と呼べばいいのか知っていたが、決して口には出さなかった。

その代わり、ワチの頭を撫でた。


ワチはわかっているという顔で、うれしそうに笑っていた。









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