3.変化
修正加筆版です 2024 1/2
チェスたちを襲った金貸し連中はフテナの安宿を占拠していた。
「おい、酒だ。酒を持ってこい!!」
「はい」
宿の娘にちょっかいをかける。娘の顔は腫れて、眼には生気がない。宿の主人と女将は娘を人質にされて、逃げられず言いなりになっていた。引き寄せられ身体を寄せられる。娘の眼から涙がこぼれた。彼女は歯を食いしばりただ時が過ぎるのを待った。
扉が開いた。風と雨粒が入り込む。
「おい、ここは満室だ。さっさと閉めろ!」
忠告を無視し、男が宿に入った。
「お前……」
男たちはその顔に見覚えがあった。自分たちから借金を踏み倒し逃げた男だ。
その背後にいたチェスがお縄にした父親を蹴り飛ばした。
「これでもう、関係ねぇ。奴隷にするなり、魔獣のエサにするなり好きにしろ」
「ほう、探してきてくれたのか。ご苦労だな」
「刀を返せ」
「いやぁ……それは無理だな」
「何?」
「これは気に入っちまってな。それに、今更こいつの身一つで丸く収まるわけねぇだろ」
父親が笑う。
「お前も道連れだ、チェス」
「そういうことだ。父親の不手際は息子が責任取るべきだろ?」
「馬鹿な奴だな。お前らは一生おれたちの奴隷なんだよ」
「なぁ、あの獣人のガキもこいつみたくキレイさっぱり治ってるなら売れるんじゃねぇか」
「そうだな。三人分とこの刀で一先ず利子の分ぐらいにはなるなぁ。あははは!!」
「そうかよ」
チェスが男の持つ刀から刀身を引き抜いた。
「あ? え?」
あまりに自然な動作に、刀を持っていた男は反応できなかった。
「ちっ、またボコられてぇみたいだな」
チェスは刀を持って心が穏やかになった。
謎の記憶と自分を縛る感情が、自分とは異なるものだとはっきりと分けられた。刀を構えて手加減などしたことはない。いやできない。殺さず戦う技など知らない。
この刀を持ってできることは1つだけ。
ただ、敵を一刀両断するのみ。
刀を持っていた男は鞘を抱えて思わず後退りした。部屋を重い空気が満たす。
ならず者の一人が鉈を抜いて悠然とその間合いに入った。一歩ごとに床板が抜けそうなほどの巨躯。
「天授技能もねぇ無能が粋がるな」
チェスが刀を上段から振り下ろす。
男は鉈で受けた。にやりと笑う。
「見えてんだよ。バーカ!!」
「馬鹿はお前だ」
「え?」
鉈の刃先がカランと床におちた。綺麗に両断されていた。
受け止めたのは妄想。男の分厚い身体は肩から骨ごと両断されていた。
「て、てめぇ!!」
チェスの剣技を見た者がいない理由。それはチェスが刀を使うのは絶対に相手を殺せる場合に限るからだ。師の教えを忠実に守ってきた。
上段からの単純な振り下ろし。チェスはこれだけを二十年かけて磨け上げた。技の極致にある。ただし、正面から振り下ろすだけの技は一度見れば簡単に避けられる。対人戦には不向きだった。
例えば取り囲んで距離を取り、投擲するなどだけでチェスは成す術がない。
宿の食堂にあるテーブルを投げつける男たち。ありったけを投げ込み、木片と埃が舞う。うず高く山積みになった調度類。男たちが様子を伺う。
外の雨音がやけに大きく聞こえる。
背後に気配を感じた一人がナイフを振り回す。避けると斬る動作が一緒で、そのまま隣にいた男に斬りかかっていた。瞬く間に二人が絶命した。
「お、お前行け!!」
「なんで」
「おい、三人同時だ!!」
残った三人が一斉に飛び掛かる。三人はそれぞれ天授技能を使った。チェスは刀を上段に構えた。
勝負はすぐに付いた。
短い三人の悲鳴の後、静かになった。
宿の娘と主人が厨房の奥へ退避し抱き合いことが治まるのを待っていた。音が無くなり、恐る恐るカウンターから覗き込む。そこには血だまりと惨殺死体が6体。
その中佇む男はチェスだった。
「う、うは、うははは!! なんだそりゃ!! さすがおれの息子だ!!」
「黙れ」
刀の血のりを拭って落とし、構えた。
「お、おい、何してる?」
「落とし前だ。お前をこのまま生かしてもまた同じことを繰り返す」
チェスの目は今までと違っていた。
異常な境遇で失ってしまった共感性や愛情を知った者の眼。
「おれは実の父親だぞ!!」
「お前を父親だと思ったことはない。それに家族なら別にいる」
チェスはワチを思いながら躊躇なく刀を振り下ろした。
ブックマーク、評価を励みにして連載しております。ぜひよろしくお願いします。