1.嵐の夜
修正加筆版です 2024 1/2
彼は物心がついた時、この親はだめだと気づいた。
『おれは冒険者時代、有名なパーティに誘われたことがあるんだ』
働かない父親は口を開けばくだらない自慢話。彼は自然と冒険者に嫌気がさした。それなのに彼が冒険者になったのは、身分も学もない子供ができる仕事が他になかったからである。消去法だ。決して向いているとも言えない。
チェス(7)
種族 只人
職業 冒険者見習い
レベル 2/20
彼、チェスには神から与えられる天授技能が無い。レベルの上限は20。非正規でこき使われる日々。荷物持ち、雑用、何でもやった。
「おい、ガキ。買い出しだ。予算以内に揃えられなかったらぶっ殺すからな」
そう言ってはした金だけ渡してくるものもいた。到底達成できない理不尽な要求は、挙げればキリがなかった。理由も無く殴り飛ばされ、生死を彷徨うこともあった。
「情けねぇ、おれの息子が、殴られた程度でこの有様か。お前、冒険者向いてないんじゃねぇか?」
眼が覚めて激痛と共に浴びせられた父親の心無い言葉。
この時、チェスの心には歪んだ願望が芽生えた。
(こいつの口を塞いでやる。いつか)
父親の自慢話がかすむぐらいの活躍をしてから、「くだらない」と、「大した仕事じゃない」と否定して辞める。チェスに生きる以外の目的ができた。
恥を忍んで冒険者に頼み込み、剣術を習った。仕事を受けては、有能な冒険者へ頼み込み、ある時ようやく師に出会った。
「お前に剣の才能はなさそうだ」
その剣士はズバリ断言した。
「お前には二つの道がある。一生を剣に捧げ、並みの剣術家になる道。それか、いくつかの技を半端に習い、剣客もどきになるか」
チェスは迷わず答えた。
「いくつかなんて言わない。一つの技だけを極めた剣士になる」
「そうかいそうかい」
その剣士はチェスの回答に呆れることなく、技を伝授した。その後、その剣士はチェスに刀を一振り贈った。
「小僧、その刀は鉄製で何らルーンも刻まれていないただの業物だ。その刀で斬れないものとは戦うな」
「なんでここまで……」
チェスはその厚意に戸惑った。
「ただの気まぐれだ。身の程を弁えた子供が生きるのに、少し手を貸してやろうという年寄りのお節介さ」
「ありがとうございます、師匠」
チェスは、教えを守り、堅実に戦い始めた。
10歳の時、ただの手伝いは卒業した。泥臭く、確実な討伐任務をこなした。獲得術式も天授技能も無い自分には剣しかない。それも習ったのは1つの技だけだ。それを駆使し、チェスは冒険者を続けた。だが近くの森で薬草採取をし、たまに襲ってくる魔獣を討伐する程度。
チェスは才能の壁に阻まれ、底辺を彷徨っていた。
「あの、ぼくに討伐のコツを教えてくれませんか?」
何の因果か、似たような境遇の子供が頼ってくるようになった。構う義理などない。冒険者は実力の世界。他人など当てにできない。
(師匠はどんな気分だったんだろうな……)
最初は気まぐれだった。師の真似をした。なによりチェスは自分が父親と違うと証明したかった。
それから年月は過ぎ―――
「よぉ、子守りは順調かよ、チェス!」
「自分より才能のあるガキに構ってやるとは余裕じゃねぇか」
「冒険者より孤児院のシスターの方が向いてるんじゃねぇか?」
からかう荒くれ連中にチェスは余裕の笑みを浮かべる。
「そういうお前らはいくつになったら成長するんだ? さすがに、その歳じゃ面倒見てやれねぇよ」
「あ? 草取り名人様が何かおっしゃってるぜ!」
「底辺が調子に乗ってんじゃねぇ!!」
荒くれ共がいきり立つ。殴りかかってくるのを正面から応戦する。ケンカは日常茶飯事。そして常に敗ける。
チェス(31)
種族 只人
職業 冒険者
レベル 20/20
こんな仕事は辞めてやる。そう思っていたが、いつの間にか冒険者の色に染まっていた。望んでいた立派な冒険者には程遠かった。あの憎たらしい父親と変わらない。そんな自分への失望と共に、毎日ボロボロになって帰った。
ドアを開ける。
チェスの良く知る家のドアではない。
チェスはようやく自分が夢の中にいると気が付いた。
扉を開けて見えたのは見知らぬ風景。照り付ける日差しに赤い大地。思わず引き返す。扉の先は一転して冷たい石積みの壁。黒い革靴の音が反響する。
(変な夢だ)
眼をつぶり開くと、今度は一面の緑。耕作地のど真ん中にいた。振り返ると誰かが呼んでいる。
「おかえり」
とても惹かれた。懐かしいような、安心する気分になった。差し出された手を掴もうとする。
手は血まみれだった。目の前で誰かが死にかけている。助けられるのは自分しかいない。
横たわる無数の患者を前に、絶望感が押し寄せる。
死肉を狙い、鳥が上空を旋回している。
地平線の向こうに、地響きを立てながら押し寄せる軍勢。魔族との戦いに、自らを奮い立たせ、仲間に魔法を付与する。自分には付与しかできない。
見送る仲間たちが敵の軍勢に飲み込まれる様子を見て叫んだ。
◇
「うわぁぁぁ!!!!」
チェスは気が付くと見知らぬ場所で寝かされていた。
「チェス~!」
目が覚めてすぐに温かくて小さなものが覆いかぶさる。
「誰だ?」
「ワチがわかりませんか!? 先生~! チェスが重傷です~!」
ワチ。
チェスがそう呼ぶためいつしか自分の名前だと認識したようだ。彼女は確かに三年チェスが面倒を見てきた獣人の少女。しかし火傷跡が無い。それに流ちょうに話している。
(治癒の効果による皮膚の再生。精神を蝕んでいた魔力不順の兆候が消えている……なぜだ? ワチの状態が手に取るようにわかる。おれは……誰だ?)
混乱していると少女がお茶を淹れた。
一口飲んで、混乱していた思考のピントが合った。
「そうだ、おれはチェス。お前はワチ」
「そうです~! チェスはチェス。ワチはワチですよ~。ふへへへ!!」
「ワチ、ここはどこだ?」
「正教会さ」
声のする方を見ると、冒険者の『大女』と『優男』がいた。
「なぜ?」
「この方々がワチらをここまで運んでくれたですよ~」
「お前らが?」
「アンタが任務も無いのに朝ギルドにいなかったからね」
「この大女が大騒ぎしてやがったからおれは野次馬に付いていっただけ」
「アンタも心配してたじゃないか、優男」
「違っげーし!! 受付さんが嫌な予感がするって心配してたからさぁ?……」
「世話になったようだな……礼を言う」
頭を下げたチェスに二人が目を見開いて驚いた。
「アラ、今日は素直だね」
「まぁ、ほんとに運んだだけだぜぇ? 倒れていたけど、嬢ちゃんは気を失っていただけだしぃ、お前も応急処置程度はされてて、命に別状は無かったんだ」
「なんだと? 一体だれが……」
チェスの脳裏に昨晩の記憶が断片的によみがえる。チェスはワチに手を伸ばした。魔力が法則に基づき現象を起こす。天授技能発動と共に、ワチの傷が癒える様子。
(……おれ?)
「お前を襲った奴らはいいのかぁ?」
「今はいい」
「そうかよ」
以前のチェスなら、報復を考えていた。『大女』と『優男』は、チェスの変化に勘付いていた。
「ところで、そろそろ『大女』はよしてくれよ。アタシはゼータだ」
「おれはグレイだ。まぁ、おれたちは同期だから知ってるだろうがなぁ」
「ああ、そうだったな」
ワチはとりあえずゼータが連れて帰った。
三人が帰るとチェスは襲い来る変化に頭を抱えた。
(なんだ……これは……?)
『一時的な記憶の混濁によるパニック発作だ。呼吸を整えろ』
自分の状態がわかる。
どうすればいいのかわかる。
なぜわかるのかは、わからない。
唐突に脳裏にイメージが浮かぶ。
闘技場で戦っている。足の裏の砂の感覚を覚えている。
初めて狩りをして、獣を捌いた時の生々しいにおい。
貴族の搾取に抗おうと仲間たちと盗賊団を結成したときの高揚感。
いくら研究しても若い才能に追い抜かれていく焦燥感と腰の痛み。
暴力に屈し、商品を奪われ、口にひろがる血の味とくやしさ。
「いや違う。おれは……私は……『ぼくは』……」
チェスは無数の記憶が頭に流れ込みパニックになった。
ベッドからそのまま窓から雨の降る外へと飛び出した。
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