0.草取り名人
修正加筆版です 2024 1/2
男はいつも土と草のにおいがした。
酒と血と獣のにおいをさせるその他大勢の冒険者たちと違う。買取のカウンターに土の付いた新鮮な薬草の束をどさりと置く。
「換金」
ぶっきらぼうにただそれだけ言う。
「はいはい」
受付嬢もため息をつきながら査定をする。
冒険者たちはそのやり取りを見て酒の肴にする。
「チェス、今日も草取りか? たまにはおれたちと冒険しようぜ!! あ、そうか、草取り名人様は冒険できないんだっけか!? あっはっは!!」
ホールが笑いに包まれる。
しかし、チェスと呼ばれた男の顔に笑みは無い。
眉間にシワを寄せ拳を握り固め身体を震わせる。
「話しかけんな。馬鹿が移るだろ」
「馬鹿はおめぇだ。30歳過ぎて薬草採取程度しか能がねぇくせになんで冒険者やってんだ!?」
「魔獣だって狩ってる」
「その刀でか? お前剣士だっけ?」
「本当に使えんのか? 不思議なことに、誰もお前が刀を使ってるところを見たことがねぇんだが?」
「刃物を素人が持ち歩くな」
「ファッションで持っるだけだってバレちゃって恥ずかしいなぁ」
屈強な冒険者たちが大声でからかうと、辺りからゲラゲラと笑い声が聞こえた。
「いっそ草取り業者ですって名乗ったほうが良くね?」
「もしかしてあれか? 父親が冒険者だから憧れたとかってやつぅ~!!」
「ウケるわぁ!」
「何? 有名な冒険者だったとか?」
「あいつの話はするな!!」
チェスが怒鳴ると待ってましたと言わんばかりに屈強な冒険者たちが席を立ち、チェスの前に立ちふさがった。
「てめぇ、口の利き方がなってねぇな。てめぇはお情けでD級になった底辺だろうが。おれたち本物の冒険者様に逆らってんじゃねぇ」
「は、てめぇらが本物? ただ群れてる無能共の間違いだろうが!!」
チェスは一歩も引かない。
そのまま冒険者ギルドの外にでて裏手の路地に。
その様子を見ていた他所の冒険者たちが疑問を口にする。
「なに、あいつ強いの?」
「いやぁ、弱い」
「劇的に弱いよ」
賭けにもならない。
路地でチェスは袋叩きにされ、倒されてからも蹴られ続けた。丸まってただ耐えるだけだ。
「本当にお前は学習しねぇな。辞めちまえ、目障りだ。決心がつくようにこれはもらっていくぜ」
一人がチェスの腰に結ばれた刀を掴む。
「触るな!!」
口に溜まった血を吐きながらチェスは刀にしがみつく。
「なんだ? 業物か……持っててもしょうがねぇだろ? 寄こせよ!!」
振り上げる拳。
そこに横から脚が伸びてきて大男の身体が飛んだ。
「うおっ! 誰だ!」
大男よりも背の高い女と、優男がいた。
「アンタらそこまでにしときな」
「ちっ! てめぇらは関係ねぇだろ!!」
「そうムキになるなって。おれが女にモテる方法教えてやっからさぁ」
見かねた地元の有力冒険者が助け舟を出し、男たちは唾を吐きながら立ち去った。
「……余計な事しやがって」
血だらけでフラフラと立ち上がるチェス。
「アンタ、いい加減気付いてるだろ? 冒険者には向いてないよ」
「家族がいるならもっと安定した仕事を探せよ。いつか殺されるぜぇ?」
「黙れ。おれに家族なんかいねぇ!!」
◇
家に帰ると少女が出迎える。
「うへへ。お、おかえり~」
「まだいたのか、能無し。さっさと出ていけ」
「お、置いて下さい~。うへ……」
頭の上に灰色の毛で覆われた耳がある。
同じく灰色の髪の下には焼けただれた跡。
火傷は顔から首、肩、左腕全体に広がっていて、指はほとんどが癒着している。
「ちっ、三年かかってまともにできるようになったことと言えば、茶を淹れることぐらいか」
「さ、皿洗いもできますよ~。うへへ……」
冒険者としては望み薄。
詳しい過去は詮索していないし興味も無かった。
(使えねぇ奴隷が一匹いると思えばと置いてやったが、割に合わねぇ……)
チェスは何度か本気で怒鳴り散らし、追い出したことがある。
冒険者になるならと面倒を見てやっていただけだ。
望みの無いこの少女を養う理由はない。
街には神殿に隣接した孤児院がある。
そこに行けば路上で死ぬことはない。
むしろ、ここよりずっと献身的で同情的だろう。
しかし、毎回戻ってきてしまう。
どれだけ邪魔でも少女が昔の自分と重なって、食事を抜くなどの虐待はできない。
「おい、飯にするぞ」
「て、手伝うです」
「やめろ! 邪魔だ! 黙って座ってやがれ!!」
「うへへ……はいぃ……」
少女はちょこんと椅子の上に座り、バツが悪そうにじっとしていた。
(おれはあいつをどうしたいんだ? いや、あいつはどうしたいんだ……? 飯を食ったら問い質すか)
日々の悩みは自分の将来より、少女の今後になっていた。
「おい、茶を淹れろ」
「は、はい!」
うれしそうに準備する少女。
「ちっ」
「なぜ舌打ち!?」
そんな生活はある日突然崩れ去った。
「邪魔するぜ」
「何だてめぇら、勝手に!」
家に押し入られた。
ぞろぞろと入り込む無頼漢たち。
「金目のもん全部もらうぜ」
「ふざけるな!」
刀を手にする前に殴り飛ばされ、顎が砕けた。
「ぐっ……」
「恨むならてめぇの親を恨みな。おれたちは債権者だ。てめぇの父親のな」
「……!」
チェスの心にどす黒い感情が巻き起こる。
久しく忘れていた。あの酒飲みの赤ら顔、他人の自慢話で悦に浸る、にやけ顔が頭に浮かんだ。
「うわぁぁぁ!!!」
「ちっ、めんどくせぇな。天授技能もねぇくせに粋がんな!!」
(そんなことまで……!? そうまでして……)
天授技能が無い。命に係わるそんな情報を知る者は限られる。わかり切っている。父親がこいつらに教えたのだ。
袋叩きに遭うチェス。
「や、やめて~」
「近寄んな、きたねぇ獣人が!」
駆け寄ってきた少女の小さい身体が壁に叩きつけられた。
「あ、っ……!?」
息ができずもがく少女。
「や、やめ゛ぅ……!」
「いい趣味してるぜ、お前。あんな火傷まみれの獣人、はした金にもなりゃしねぇだろうに。おれたちは金を回収にきてるんだぜ? なめてんのか!!」
「お、この刀はまぁまぁ金になりそうだな。もらっとくぜ」
地獄のような時間だった。
腹いせにリンチにされる二人。
チェスはひたすらに後悔し続けた。




